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崖のひと

『コワい話は≠くだけで。』のSNSキャンペーンで投稿したお話です
※Xより転載


 某地方の、全国的に有名な観光地でもある、風光明媚な崖の話です。 ツアーか車以外でそこへ訪れる人は皆、駅からタクシーに乗ります。 私が友人と乗ったそのタクシーの運転手さんも、崖に向かう15分ほどの間、慣れた様子で「どこから来たの?」と気さくに話しかけてきました。
 一通り世間話をした後、私は興味本位で運転手さんに聞きました。
「あの崖って自殺スポットとしても有名ですけど、そういう人を乗せちゃうことはあるんですか?」
運転手さんはこともなげに答えました。
「実際自殺するかはわからないけど、このお客さん、そういう目的だなっていうのはわかるよ」
 どうしてそれがわかるのかと質問を重ねた私たちに運転手さんは逆に聞きました。
「どうしてだと思う?」
 こうして、車内で趣味の悪いクイズ大会が開催されました。 運転手さんによれば見分けられるポイントが3つあるそうです。 2つは私たちでも簡単に正解にたどりつけました。
 それは、「ひとりで乗車すること」「人目につかない夜、もしくは早朝に乗車すること」です。 ただ、残す1つがなかなか正解できません。 私たちがギブアップすると、運転手さんは話はじめました。
 このあたりのタクシーは客足が遠のく夜になると、駅のロータリーから引きあげてしまうそうです。ただ、崖から駅まで客を送った際に、まれにそういった客につかまってしまうことがある。 乗車拒否するわけにもいかず、渋々乗せる。 ひとりの人間として、当然心配になり、質問をするそうです。

「もう遅い時間ですが、何をしに行かれるのですか?」

 聞くと、皆、一様にこう答えるそうです。

「待ち合わせをしてるんです」

 苦し紛れの言い訳が共通しているだけなのかもしれませんが、夜のひとり客は驚くほど同じ答えを返すそうです。
 その話が終わったタイミングで、崖のそばの大きな駐車場にタクシーが到着しました。 料金を精算していると、運転手さんは思い出したように言いました。
「そうそう。入って右から2番目に立ってる自殺防止看板には近寄らないほうがいいよ。首が長いやつが待ってるから。こんな話をしちゃったからなおさら」
 私たちが詳細を聞こうとすると、運転手さんはニヤッと笑いました。 「怖い話もほどほどにね」 それだけ言ってタクシーは出発してしまいました。
 私たちは運転手さんにからかわれたのだと思うようにしました。 ただ、崖沿いに巡らされた柵、そこに点々と立つ自殺防止看板には近寄りませんでした。 帰り際、私は右から2番目の自殺防止看板に少しだけ目をやりました。

 親子が柵に身を乗り出して熱心に崖下を見つめていました。


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