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菅沼聖・天野原(山口情報芸術センター[YCAM]) - 経済効果を生み出す産業やまちづくり。その土壌となる「文化」の価値をつくり出す

editor's note
受け継がれてきた伝統だけが文化というわけではありません。新たな価値を創造していくこともまた現代が負う使命です。メディアテクノロジーも活用しながら実験的なアート表現や研究開発をさまざまに行っている、山口情報芸術センター[YCAM]の菅沼聖さんと天野原さんを訪ねました。産業やまちの価値を高めていく根っことしての文化の価値、その価値から創造文化都市としての山口の未来を作っていくYCAMの取り組みを聞きました。
文化を開いていくことで観光産業やまちづくりに掛け合わせ、文化を起点とした経済圏を作っていく。そのような高付加価値化の基本的なあり方は、伝統文化/伝統技法も最先端アート/テクノロジーも変わりません。常に新しい価値を生み出そうとする山口情報芸術センター[YCAM]の取り組みから、そのようなシンプルかつ本質的なメッセージを受け取りました。

表紙画像:三上晴子『欲望のコード』撮影:丸尾隆一(YCAM)

「新たな価値の創造」を具現化する場

山口市は、1993年の「やまぐち情報文化都市基本計画」の策定以降、「新たな価値の創造」を都市戦略として総合計画などに位置付けてきました。目指しているのは市民の創造性に未来を託していく創造文化都市です。すでにある歴史や産業に寄りかからず、変革することで価値が生み出される価値観は、長州藩として中核を担った明治維新以降、今でも山口に根付いていると感じます。そして、その基本理念を具体化するために設置され中核に位置付けられているのが山口情報芸術センター、通称YCAM(ワイカム)です。

YCAMのコアは、アート表現によって新しい価値を生み出す創造性や実験性です。世界のどこにもない価値を作り出す。そんなミッションを実現するためにYCAMの内部に設置された研究開発チーム「YCAMインターラボ」のメンバーが中心となり、いろいろな分野でのテクノロジーに関するR&D(研究開発)プロジェクトを行っています。

YCAMインターラボには40名ぐらいの専門スタッフがいて、プログラマー、エンジニア、キュレーター、音響、映像、舞台機構の人など、異なるバックグラウンドの人たちが集まっています。山口出身の方ももちろんいますし、日本のみならず海外からも人材が集まっています。館内には展示や作品制作ができるギャラリーや劇場、映画館、図書館があり、複合文化施設となっています。またデジタル工作機械が扱える工房やバイオテクロジーを扱うバイオラボなども館内に設置されています。

バイオラボ 撮影:勝村祐紀

「アート」「教育」「地域」

YCAMはメディア・テクノロジーの応用可能性を探求するというミッションで活動をしていて、その応用先は「アート」「教育」「コミュニティ」といった3つのテーマを軸に持っています。

「アート」の分野では、オーディオビジュアルやセンサーなどメディアテクノロジーを応用しながら表現する「メディアアート」が中心です。これまで数々のアーティストとの共同制作を行い、それらは先進的なメディアアート作品として世界中で巡回展示され、大きな評価を受けています。またメディアアート作品の制作で得た知見を、他の分野で活用する事例も多くあります。例えば、YCAMが独自に開発をした、ダンサーの動きをキャプチャーしてデジタルデータ化する「モーション・キャプチャー・システム」のプログラムは、後に異なる分野の研究者やクリエイターとのコラボレーションによってスポーツやリハビリといった新たな分野での活用がされています。

「教育」の分野では、世界水準の教育コンテンツを生み出そうと、ワークショップなどさまざまなプログラムを開発しています。メディア・テクノロジーと教育というと、子どもたちがパソコンに向かい続ける姿を想像しがちですが、YCAMのプログラムは身体を動かし、体験的にメディアリテラシーについて理解できるようなデザインを心がけています。

『コルガルパビリオン』撮影:丸尾隆一(YCAM)

例えば、2012年から継続的に開催している「コロガル公園」シリーズでは、スピーカーや映像といった感性を刺激するメディアテクノロジーが随所に埋め込まれていて、子どもたちが遊びながら創造力を育める仕掛けになっています。会期中に数回開催される「子どもあそびばミーティング」では、子どもたちとYCAMのスタッフによって、公園に対して新たに追加したい機能やルールなどのアイデアを議論します。採用されたアイデアはYCAMのスタッフによって実際に公園に実装されます。こうした子どもたちのアイデアによって「変わり続ける公園」は、利用者である子どもたちの自治意識を高め、社会への関わり方を学ぶ場にもなっています。

「コミュニティ」の分野では、YCAMが培ってきたメディア・テクノロジーの知識や経験を生かして、市民によるさまざまな活動のサポート、伝統技術や地域のリサーチ、地域課題を可視化するためのプラットフォームづくりなどを行っています。

例えば、山口市の阿東地区という中山間地域の方々と一緒に、インドネシアのある村で始まった「Spedag(iスペダギ)」というソーシャルデザインプロジェクトをお手本に「Spedagi Ato(スペダギ阿東)」プロジェクトを立ち上げ、阿東地域に豊富に自生する竹をフレームに活用した自転車「バンブーバイク」の開発をしました。完成したバイクを使ってサイクルツアーを運営したり、今後はワーケーションでの展開を企画したり、これらのプロセスを通じて完成したものや考え方が、住民たちの新たな武器となっているように感じています。

『バンブーバイク』撮影:田邊るみ

「オープン」と「コラボレーション」で地域の未来をつくる

YCAMが大切にしているのは、研究開発を内部で閉じるのではなく、いかに広げていくかという点です。YCAMは、館自体が持つオープン性とコラボレーション能力によって、アイデアを撹拌するような機能を担っています。

YCAMにたまっていく技術や知見を社会にオープンにしていくことで、未知のコラボレーターと出会い、アイデアが次々につながっていく。YCAMで生み出された新たなアイデアが社会課題の解決や、教育、観光、産業、まちづくりといったいろんな分野に接続され、その先の接続点が無数の掛け算になっていく。そして、それがさらにYCAMの新たな価値を生み出す。そんな創造性が連鎖するようなサイクルをつくっていきたいと考えています。

YCAMのコラボレーターは、研究者やアーティスト、学校や企業、もちろん市民もそうです。YCAMが生み出したさまざまなテクノロジーやアート、あるいは知見や発想はさまざまなコンテンツや作品、事業に幅広く展開されていきます。ここで重要なのは、YCAMが主体的に展開を行うのではなく、外部の活用したいと思う人たち、つまりコラボレーターに主体を託すという点です。

例えば、YCAMのテクノロジーを学校の授業で活用するとなったとき、主役は先生や生徒たちです。全天球撮影の技術を使った「360度図鑑」というウェブ上で作成できる図鑑をモデル校となった小学校と共同開発した事例が、すごくいい事例です。自分たちの住んでいる地域を全天球カメラで撮影し、地域住人にインタビューした内容をタブレット端末を使って子どもたちがコメントを書いていくというツールなのですが、先生たちが本気で取り組んで、子どもたちが使いやすいようにどんどんカスタマイズしていきました。その後、子どもたちからYCAMに届いた年賀状に「360度図鑑に協力してくれてありがとう」と書いてあったのがすごく印象的で、完全に自分たちのプロジェクトになっている。プレイヤーが現場にうつっていることを実感しました。

『スポーツハッカソン for Kids』撮影:田邊るみ

YCAMのスタッフが講師として学校に行き、先生や生徒がお客さんのような状態になってしまっては意味がありません。私たちはサポートはしますが、学校側が主体となって授業でテクノロジーの活用方法を考える。いわば「手離れのデザイン」とで言うべきことが、とても重要だと感じています。

そもそもYCAMの活動理念は芸術表現を通じて、まだ誰も見たこともない新しい価値を生み出す創造性や実験性にあります。アートを活用した産業や観光の促進といった、その先の効果を期待しすぎると本質を見失ってしまう危険性があります。私たちは、こうした合目的的な研究開発はすべきではないと思っています。その上で、「失敗」というリスクも抱える実験と創造の場をどのように真ん中に置き続けることができるのか、その枠組みを考えることがとても重要です。創造性の源泉たるアート表現を中心に据えた実験の場があるからこそ、既存のものと全く違う価値が生まれてくる。そんな価値の生み出し方を実践を通じて証明していく必要があります。

世界からの評価が「文化の価値」を明らかにする

文化がないところには何も生えません。文化がさまざまな価値の土壌となり、産業やまちづくりの価値を高めていく。直接的な経済効果は産業から生まれますが、その根っこはやはり文化なのです。でも、このような根っこにある文化の価値はどうやって測れば伝えられるのか。行政的にもお金を稼げるところや人が集まるところの評価が高くなり、そこに多くの予算が配分され、そうでないところはカットされていく。そうした構造の中で、文化が持つ価値のトレーサビリティや評価指標はとても重要ですが、確立したものはありません。例えば、コロガル公園の評価は来場者数で示せば分かりやすい。でも、コロガル公園のコアになっている利用者の子どもの自己効力感の評価となると一気に難しくなる。集客という結果だけを捉えて価値を評価しようとすると大きな誤解を生んでしまうでしょう。

また、文化の価値は外部からの評価によって明らかになっていくこともあります。YCAMとアーティストが制作したメディアアート作品が世界を巡回する際には作品には必ずYCAMのクレジットが入り、制作された土地・Yamaguchi Cityについても言及されます。作品巡回による都市ブランディングを意識しています。作品を体験した人たちは「この作品をつくってるヤマグチシティってどこだ?」と山口のことを知るきっかけになるのです。メディアアートに関心を寄せるのは、世界の先進的なクリエイティブ層、さらにその中でもテック寄りのイノベーターに近い人たちで、アート分野でもテクノロジー分野でも強い影響力を持ちます。そのような層の人たちに届いていく。YCAMのスタッフやインターンの募集をすると世界中から応募があり、YCAMを優れた実験の場だと認識してくれていることがよく分かります。世界からの評価の高さはそのまま国内の優秀な人材を呼び寄せることにつながり、彼ら彼女らの熱量にも結びつきます。これらはYCAMが生み出している価値を端的に示していると思います。

私たちはこれからも、アートやテクノロジーを扱う公共文化施設の価値や可能性を、行政、あるいは市民と対話をしながら探っていく必要があります。でも、新しい価値をつくり出さなければいけない、クリエイティブでなければ豊かな都市生活は実現できないといった考えを持つ理解者は、徐々に広がってきている印象です。激しく変化する社会に対して、実験性を持って柔軟に対応していく都市機能の一端として、YCAMの活動が期待されているのかもしれません。

菅沼聖(社会連携担当)
山口情報芸術センター[YCAM]で研究機関、自治体、企業などとの共創事業を担当。YCAMがメディアアートのクリエイションで得た知見を応用し、多様なコラボレーターと共に社会に新たな価値を創出する共創の枠組みづくりに取り組む。2019-2020年文化庁在外研修にてフィンランド・アールト大学メディアラボ学習環境グループ研究員。

天野原(山口市文化振興財団事務局次長(兼)山口情報芸術センター[YCAM]総務担当総括)
山口市役所から山口情報芸術センターなどを管理する山口市文化振興財団へ出向し、予算、会計、人事、施設管理等を行う事務局の立場から活動を支援するとともに、行政、企業、大学等との連携窓口の役割も担う。

第六章 経済循環 - 考察
文化・観光・まちづくりによる経済循環が起きていて、それが地域の文化資源や担い手に届いていること

第六章 経済循環 -  インタビュー
地域文化の「つくり手」「つかい手」「つなぎ手」が結びつき新たなる経済循環が生まれる
白水高広(うなぎの寝床代表取締役)

経済効果を生み出す産業やまちづくり。その土壌となる「文化」の価値をつくり出す
菅沼聖・天野原(山口情報芸術センター[YCAM])

文化庁ホームページ「文化観光 文化資源の高付加価値化」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/93694501.html

レポート「令和3年度 文化観光高付加価値化リサーチ 文化・観光・まちづくりの関係性について」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/pdf/93705701_01.pdf(PDFへの直通リンク)
これからの文化観光施策が目指す「高付加価値化」のあり方について、大切にしたい5つの視点を導きだしての考察、その視点の元となった37名の方々のインタビューが掲載されたレポートです。

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