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『ふつうの軽音部』第20話を読んだ。鳩野に謝りたくなった。

『ふつうの軽音部』という、大阪の高校を舞台にした軽音楽部の漫画がジャンププラスで連載されている。現時点(2024/5/5)では第21話が最新回。第7話まで無料で読むことができる。

主人公・鳩野が第1話で好きなバンドを述べる。
「私はね! 一番好きなのはアンディモリ…銀杏とかナンバガも同じくらい好きだけど」。
……。
「志村ボーカル時代のフジファブリックも外せないな〜」。
…………。
好みを否定したくはない。すべて素敵なバンドだ。ただ、上記バンドをすべて羅列する人に対してとても嫌な思い出がある私は、「うわああ」と思ってしまった。
音楽とバンドに罪はない。ただ、バンド名が私にとって役満だった。私は鳩野にかなりの偏見を持ちながら、『ふつうの軽音部』を読んでいた。
黒髪ショートヘアのベースの女の子(幸山)がとてつもなくタイプであるという下心丸出しの理由で、定期的に読んでいた。

鳩野は夏休みに弾き語りの練習を公園で行っている。ちなみに高いギター(向井秀徳も愛用)を購入したため、バイトもしている。偉い。

「鳩野は健気で良い子だけれど、音楽性は合わないんだよなあ」。作品が進むにつれ、鳩野の健気さ、素朴さ、劣等感とそれを乗り越えようとする力強さなどに触れ、彼女のことを好きになっていく。
しかし、「アンディモリ、銀杏、ナンバガ、志村ボーカル時代のフジファブリック」で、私は勝手に鳩野に壁を作っていた。向井秀徳を好きなら、ナンバガと同じくらいZAZEN BOYSの話もしてくれと寂しくなっていた。

鳩野は炎天下の中、毎日毎日公園で弾き語り修行に励んでいる。ギター代の借金を母親に返済すべくバイトもしている。善性の人間。鳩野のことをもっと好きになりたい自分と、音楽性の違いから鳩野との溝は埋まらないと思ってしまう自分がいた。
幸山はいつも可愛いく、どこか狂気を孕んでいる。

第20話。夏休み最終日。鳩野が歌う。
スピッツの『スピカ』を。

鳩野のことを大好きになった!!!

私は高校時代、自転車で通学しながら、ずっとスピッツばかり聴いていた。当時はまだ、イヤホンで音楽を聴きながら自転車を漕ぐことは法に触れていなかった。
高校が嫌いだった。小学校も中学校も嫌いだが、高校も大嫌いだった。クラスにいて、ずっと息苦しかった。お笑いライブも音楽ライブも演劇もない地元が嫌いだった。保健室がなければ、高校を卒業できていたか怪しい。
「都会に行きたい。進学してこの町を出なければ」。
その気持ちだけで高校3年間を過ごした。駅前のマクドナルドが潰れる町だった。
第一志望の大学に落ちた日に、「ここから巻き返してバラ色のキャンパスライフを手に入れるんだ」と『四畳半神話大系』の文庫版を買った。
本当に高校が嫌いだった。地元も嫌いだった。
それでもなんとか高校を卒業できたのは、スピッツの音楽によるものが大きい。登下校のスピッツが、田んぼ道を漕ぐ力になっていた。
『スピカ』を口ずさんで自転車を漕いでいた。「幸せは途切れながらも続くのです」の歌詞が、何度も背中を押してくれた。
クラスに馴染めなくて、誰とお弁当を食べたら良いか分からなかったとき。模試の結果が振るわなかったとき。担任から「文系は英語が得意なのではなく、数学から逃げた人間が行く道」と言われたとき。修学旅行のバスの中、話し相手がいないとき。
打ちひしがれる私に、スピッツは歌ってくれた。幸せは途切れながらも続くんだ……そう信じることで前を向けた。今振り返ると、不幸でもなんでもない高校時代だ。しかし思春期ど真ん中の私はスピッツに、『スピカ』に、縋っていた。

鳩野は『スピカ』を熱唱する。その歌声とギターで他者の心を動かす。

鳩野のことを大好きになった!!!

私が苦手だった人たち(鳩野の好きな音楽を好きな人たち)は揃って、「いつも通学中にイヤフォンつけとるけど、何聴いとるん?……スピッツ(笑)」と言ってきた。なんだよ、(笑)って。当時の私にはスピッツしかいなかったんだぞ。笑うな。

しかし鳩野は違う。アンディモリとナンバガと銀杏と志村ボーカル時代のフジファブリックが「特に好き」なだけで、スピッツのことも大切にしてくれている。数多ある曲の中から『スピカ』を選ぶセンスもある。

鳩野……!

鳩野に対し偏見を向け、冷笑していた自らの愚行に、ようやく気が付いた。
「アンディモリとナンバガと銀杏と志村時代のフジファブリック」だけで鳩野をラベリングする行為。それは私に「スピッツ(笑)」と言ってきた人たちと同じ行為ではないか。
鳩野、ごめん。
そして、教えてくれてありがとう。

鳩野はきっとZAZEN BOYSも聴いている。その上で向井秀徳を好きなんだ。
私が「このバンド面白いから聴いてみてよ」と言ったら、トリプルファイヤーも水中、それは苦しいも聴いてくれる。ゆらゆら帝国を、きっと既に鳩野は聴いている。
鳩野……! ただのイイヤツじゃん!!!

鳩野は両親が離婚して大阪に引っ越してきた。中学時代に上記のバンドが好きだとクラスメイトに告げ、「変わっている」とされていた。歌声に対するコンプレックスを抱えている。いろんなことをパワーに変換してギターを鳴らし、そして歌う。

鳩野……! キミはただのイイヤツじゃない!

鳩野……! キミは滅茶苦茶に格好良いぞ!

鳩野……! 友だちになってくれ……!

鳩野は戸惑うだろう。さっきまで鳩野の好きな音楽を否定していたのに、『スピカ』一曲で掌を返す人間。そんな私を鳩野は嫌うだろう。というか、幸山が私を鳩野に近付けない。そんな幸山も可愛い。

でもさあ鳩野! 私たち、仲良くなれると思うんだ! andymoriは『すごい速さで』が好きだよ! 銀杏BOYZは『銀河鉄道の夜』が好き! ナンバーガールは詳しくないから、私に教えてよ! 代わりにZAZEN BOYSを語るから!
大阪に住んでいるのだから、いろんなライブに行けるよ! 大阪だし、オーサカ=モノレールとかも聴いてよ! ロックも良いけど、ファンクも格好良いよ! 英語の歌詞が合わないんだったら、ザ・たこさんとかさ! ちょっと今、活動休止してるけど!
きっと鳩野はお笑いや演劇や映画も好きだよ! よしもと漫才劇場に、ファンファーレと熱狂ってコンビがいるんだよ! 気になるでしょ?
東京には、駆け抜けて軽トラってコンビがいてさあ! コンビ名の時点でピンときていると思うけれど、そのコンビのラジオ番組のタイトルは『グロリアス性春』なんだよ!? 銀杏BOYZの『駆け抜けて性春』とandymoriの『グロリアス軽トラ』!! 最高にイカしてるよね!!
私と一緒にライブや映画館や観劇に行って、カラオケで感想を言い合って、一緒に『スピカ』を歌おう!
そうだ、家にある漫画も小説も貸すよ! 『スピカ』が好きってことは、私の家にある羽海野チカ先生の漫画は絶対に好きってことだから大丈夫! 短編集のタイトルが『スピカ』だし! 代表作の一つが『ハチミツとクローバー』だし! そうだ、スガシカオも聴きなよ!
私の家にある大量の『クイック・ジャパン』は読むでしょ? 峯田のインタビュー記事もあるよ!!

ちょっと幸山さん、やめてください! 私は鳩野と仲良くなりたいだけで、あなたたちのバンド活動の邪魔はしないので……! ファンなんです! 鳩野のファンなんで! バンドの邪魔はしないんで! 仲良くなりたいだけなので! うわあ! やめてください! 序盤で鳩野の趣味を悪く言っていた時点でアウトとか、そういう正論はやめてください! ちょっと! 幸山さん! 私は幸山さんも桃ちゃんも好きで! ねえ! キモいとか言わないで! 距離感を詰めるのが下手とか言わないで! 自覚はあるから! 『スピカ』一曲で鳩野に対して分かった口を聞くなとか言わないで!! 「鳩野に1ミリでもちょっかいかけたら殺す」みたいな目で見ないで! 僕が鳩野を守るから!!

うわああああああああああーーーーーー!!!
『ふつうの軽音部』! 第一巻、絶賛発売中!! 最新話はジャンププラスで毎週日曜日に更新!!!

最後に急ハンドルを切ったら怪文書になった。

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