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800文字の海を泳ぐ

テレビ局に入社したかった。
公立大学も受かっていたのに「メディア学科」みたいな名前の学部に憧れてしまい、私大へ進学させてもらった。
その学科では、テレビ局の試験対策が講義として存在しており、中には作文の講義もあった。
週に4本くらい作文を書いた。
同じような内容でも、教授によって評価はバラバラなので、たくさんの人に読んでもらい、講評をしてもらった。
入社試験で戦う相手は東大・京大・早慶などの学生。筆記試験は最低ラインを取るだけにして、とにかく「作文を武器にしよう」と決めた。
作文は面白い。書けば書くほど上手くなる。私ほど熱心に作文を書き、教授に読ませて回っていた学生は珍しかった。教授たちも珍しい学生を歓迎し、鍛えに鍛えてくれた。
テレビ局の入社試験の作文は、漢字一文字だったり時事的な単語一つだったりを、ポンと与えられ、それをテーマに書くことがほとんどだ。例えばオリンピックが話題だったら「輪」や「金メダル」など。
そこで素直にオリンピックの話を書いてはいけない。そこから飛躍して、しかしあくまでテーマに沿って、「自分の物語」を展開しなければいけない。
字数は800文字。たまに1,000文字のところもあるが、200文字程度はアドリブで膨らませられる。
私は800文字の海を泳ぎ続けた。
作文は反復練習だ。書けば書くほど、800文字の筋肉が発達していき、私の作文は「学部のエース」扱いを受けるようになる。
そして結果もついてくる。どの局だろうが、作文の試験で落ちたことは一度たりともない。
800文字の海を泳ぎ切り、最終面接に何社か到達した。そこで全社落ちた。
残されたものは「800文字の海を泳ぐための筋肉」だけだった。いつの間にか、私は800文字でしか文章を書けなくなっていた。虚しさが残った。
今後はもっと、浅瀬を泳いだり遠泳をしたりしたい。
字数を気にせず文章を紡げたら、きっと「書くこと」がもっと好きになれるから。

(↑ここまででピッタリ800文字)

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