皇室オタクが考える「世界の中の皇室」

「世界の中で皇室がこんだけスゴイ!」みたいな文脈で、必ずこういうことを書いている人がいる。ほとんどコピペ化してるけど、完全なコピペと言うわけでもなく少しずつ文面は違うんだけど、だいたいが以下のような内容だ。

- 世界の外交プロトコル上、特に敬われるべき「三大権威」というものが存在する。それは、日本の天皇、英国王、ローマ教皇である。
- 中でも日本の天皇は世界で唯一のEmperorであり、特に位が高い
- エリザベス女王 あるいはローマ教皇が上座を譲るのが日本の天皇
- アメリカ大統領がホワイトタイで出迎えるのは日本の天皇
- とにかく世界中のあらゆる君主、国家元首の中で、日本の天皇の序列が一番上。だから天皇すごい。

ネットでよく見る「天皇家のすごさ」

なんか、そんなようなことである。

僕は、生粋の皇室オタクだし天皇家全肯定主義なので、だからこそこういう主張には昔からむかむかしていた。

「天皇家のすごさ」というものは、その歴史の長さや歴代天皇の業績、影響などを加味しても、他と比べるようなものではないはずだ。「誰々よりすごいから天皇家スゴイ」では、全然讃えてることにならない。

天皇家は、「比類なくすごい」のである。

もちろん、同時に英国王室も比類なくすごいし、デンマーク王室もオランダ王室もスウェーデン王室もみんなみんな「比類なくすごい」のである。
上記のように「他と比べて天皇家スゴイ」と言っている人は、もしその比べる対象に何かあったら何と言う気なんだろうか。

そうした立場から、この記事では上記のような噂をとことん潰していきたいと思う。


天皇は世界で唯一のEmperor (皇帝)

日本の天皇は世界で唯一Emperorと呼ばれており、それは諸国の王(King)よりも上である、というものである。

確かに、日本の天皇は現在世界で唯一Emperorと呼ばれる存在だ。

2010年6月19日、スウェーデンの王太子であるヴィクトリア王女と、ダニエル・ヴェストリングス氏の結婚式が行われた。日本からは当時の皇太子が参列していた。
この日、結婚に伴い「王子」の称号と「ヴェステルイェートランド公爵」の爵位を与えられたダニエル王子は、祝賀レセプションのスピーチの冒頭で参列者に呼びかける際、このように言っていた。

Your Majesties
Your Imperial Highness
Your Royal Highnesses
Excellencies
Ladies and gentlemen
Dear family and friends
Dear Victoria
Crown Princess Victoria, Princess of Sweden, Princess of my heart.

Your Majesties: これは「陛下」のことだ。出席しているロイヤル関係者の中で、陛下と呼ばれる国王や王妃、女王を指している。
Your Royal Highnesses: これは「殿下」のことだ。出席しているロイヤル関係者の中で王子、王女と呼ばれる人のことだ。
Excelenciesは政府高官や大使館関係者など「閣下」と呼ばれる人、Ladies and Gentlemenで爵位や肩書を持たない一般人に呼びかけ、最後に妻であるヴィクトリア王女に呼びかけているが、注目したいのはYour Imperial Highnessである。ほかにimperialと称する王室は存在しない上、これだけは単数形になっているので、これは日本の皇太子1人を指していることが分かる。
別にYour Highnessesとして全員一緒にしても良かったのだろうが、そこはちゃんと分けて呼んでくれたのやさしい。
もしこの時、皇太子妃も出席していれば"Your Imperial Highnesses"と言っていただろうし、仮に天皇が出席していたら"Your Imperial Majesty(ies)"と分けて言ってくれていたかもしれない。

ともかく、この一件で"imperial (=emoperor)"と呼ばれているのは本当に日本だけなんだなーと思ったものだった。

さて、「天皇」と「皇帝」と「Emperor」はそもそも違うものを指している、ということはまず理解しておきたい。

天皇はいわずもがな、日本の君主を指す言葉。
皇帝は秦の始皇帝が最初に名乗った称号で、中国の歴代の為政者たちが神の滅亡まで使用していた。
Emperorは元々はローマ帝国のトップを指す言葉で、その後継とされる"Empire"の支配者の名前だ。empireは、色々な小さな国のまとまりのことで、そのトップはKingだったりdukeだったりする。kingが学級委員長なら、empireは生徒会長みたいなイメージだ。

日本の天皇がemperorと呼ばれているのは確かにそうなんだけど、これら3つの語はそもそも異なったものを指していて、たまたま訳語としてこれらを採用したにすぎない。
明治時代には英国やスウェーデンなど「王国」の君主を指して「皇帝」と呼んでいた時期もある。イギリスのプリンス・オブ・ウェールズを(君主が「王」であるにもかかわらず)「王太子」ではなく「皇太子」呼ぶのはその名残である。

そして、王より上に皇帝がいる、王は皇帝の下、という世界観も、これはどちらかというとヨーロッパの考え方だ。
天皇(=emperor=皇帝)は王(例えば英国王やデンマーク王など)よりも立場が上、というのは、あまりにも乱暴だと思う。

世界三大権威?

「世界三大権威」とはどこから出てきた話なんだろう?
そのように称して英国君主だけが他の欧州の君主と比べても一段上に置く考えはちょっと理解に苦しむ。それはいったい、何を根拠に?

たしかに、英国王室は知名度も歴史への貢献度?も高いけれど、言っても西の離島の君主にすぎない(失礼)。今でこそ小さいけれど、オランダとかの方が最盛期には力が強かったし、今は王国を持っていないハプスブルグさんちなんか歴史的には大変な活躍だ。

この3人が「三大権威」とされたひとつの説明としては、それぞれが宗教上重要な地位にあるということ、らしい。
天皇=神道、英国王=英国国教会、教皇=カトリック
しかし、世界にある宗教はこれだけではない。プロテスタントは?仏教は?イスラム教は?
ロシア正教の最高位であるキリル総主教や、チベット仏教の法王であるダライ・ラマだって、宗教指導者という意味では同じくらいの権威があるはずだ。

上座伝説

「天皇にはエリザベス女王も上座を譲る」「世界で唯一エリザベス女王が上座を譲るのは日本の天皇」といった伝説がネット上にはよく書き込まれている。
エリザベス女王の治世が異常に長かったので、「女王が個人的な思いから日本の天皇に上座を譲っている」のか、「英国の君主というものは一般的に日本の天皇に上座を譲るものである」という主張なのかいまいち判然としないけど、とにかくそう言われている。

上にも書いた通り、誰か偉い人が天皇に上座を譲るから天皇は偉い、という主張は、その偉い人依存での評価でしかないので、その人自身の評価には全く関係ないと僕は思う。

そして、この「上座」という言葉がとても気になる。

一般的に、西洋のテーブルマナーに「上座/下座」というものは基本的に存在しない。
たとえば、エリザベス女王が主催者となって晩餐会を開く場合、普通はその晩餐会の主賓がホストに近い席に座り、関係の近い人や話が合いそうな人から順に並べていくのが普通だ。
一般的に、こうした人たちが晩餐会を行う際は、主催者によってあらかじめ席次が決められていることがほとんどで、決められた以外の席につくことは普通はあり得ない。
その場で突然「あなたこっち座りなさいよ」なんてことになったら、周りの人が困ってしまうだろう。

実際にエリザベス女王が日本の天皇(相手は今の上皇か昭和天皇が想定されるだろう)に「上座を譲った」というシーンが記録として残っているのであれば、ぜひ教えてほしい。

ホワイトタイ伝説

「アメリカ大統領がホワイトタイで空港まで出迎えるのが世界で唯一日本の天皇である」という伝説。

再三書くが、「他の誰かが礼を尽くしているから日本の天皇はすごい」というのはすごい理由にならないと思う。なんで他国の国家元首を引き合いに出さないと自分の国の国家元首を讃えられないのかがさっぱり理解できない。

「ホワイトタイ」と聞いて、もしかしたら多くの人が「白いネクタイを着用した礼服」と思っているんじゃないだろうか。
ホワイトタイというのは、単に白いネクタイということではなく、燕尾服の別名である。
燕尾服は、男性の夜の最礼装とされ、白い蝶ネクタイを合わせるものだ。
ちなみに、「ブラックタイ」は昼の最礼装であるタキシードのことを指す。

これに関しては反証はごく簡単で、「アメリカ大統領が燕尾以外の服装で空港で天皇を出迎える写真か映像」があればいい。

1971年9月26日、昭和天皇がアメリカを訪問した際、アラスカのエルメンドルフ空軍基地に降り立つ昭和天皇&香淳皇后とそれを出迎えるニクソン大統領夫妻の映像だ。

昭和天皇は黒っぽいスーツにシルバー&ドット柄のネクタイ、ニクソン大統領は黒いスーツにネイビー&ドット柄のネクタイ。ドットで合わせたのかな?
香淳皇后も黒っぽいコートなので、最初喪服的なことなのかと思ったけど大統領夫人のパット・ニクソンがけっこう派手な衣装なので喪服というわけではなさそう。良子さまのお帽子かわいい。

よくよく考えてみたら、ホワイトタイすなわち燕尾服は夜の最礼装、晩餐会などで着る服だ。そんな最礼装を、わざわざ空港まで着ていくなんてことがあるだろうか?
たとえば空港で出迎えて、そのまま晩餐会に直行、とか、そういうスケジュール上の都合でもない限り、最上級の礼服を着て空港のタラップを降りたり、タラップの下で待ち構えているところが想像できない。ものすごく奇妙な感じがする。

では日本の天皇はどれぐらい偉いのか?

「日本の天皇はこんなに偉い、こんなにすごい」の伝説を否定してきたけど、じゃあ日本の天皇はどれぐらい偉いのか、あるいは偉くないのか?という話。

結論から言うと、世界の君主は全て平等である。同列。同格。上下の別とかないです。
それでも、各国の君主が集まって並ぶようなシチュエーションがあったらどのようにして順番をつけるのか。

基本的には、これは即位からの年数が長い方が先になる。昭和天皇は60年余りにわたって在位していたので、昭和の終わりごろには順番的にはかなり先の方になっていたはずだ。
現在の上皇も、30年の在位だとけっこう上の方まで行っていたと思う。

ここでひとつの例として、英国のエリザベス女王の葬儀で集まった各国君主の並び順について見ていきたい。

このツイートで、丸がついてるのが日本の天皇皇后。エリザベス女王の葬儀が行われたのは、令和4年(2022)で天皇は即位4年目の「新人」なので比較的後ろの方なのが分かると思う。

これを見て「順番がおかしいんじゃないか」「席次が後ろすぎるのは英国が日本の皇室を軽んじている証拠」「本当は秋篠宮が行くはずだったところ、急遽天皇が行くことになったので席次の変更が間に合わなかったのでは」などと書いている人もいたけれど、ここで席次と人名、君主の即位からの年数を表にしてみた。

参列者を、最前列右端のデンマーク女王マルグレーテ2世から始めて、「己」の字のように追っていくと、だいたい即位からの年数順に並んでいることが分かる。

エリザベス2世葬儀にて。画面左側は王室の親戚、右前方が外国王族のブロック。
後方は首脳や大使などである。
空欄はどうしても名前が分からなかった人だけど、だいたいこんな感じ。

こうしてみると、ちょいちょい「順位が高すぎる家」「順位が低すぎる家」がある。
例えばベルギーは、フィリップ国王がが在位9年にもかかわらず、15番目という高順位についている。
これは想像だけど、ベルギー王室の家名は元々サクス=コブール・エ・ゴータ家といって、ヴィクトリア女王の夫アルバート公を輩出した家であるし、当然ヴィクトリア本人とも血縁がある。要するに、親戚枠で前の方になっているのだと思う。
ヨーロッパの王室ってだいたいどこかで血縁関係があるしね。

個人的には、ギリシャ王室メンバーはもう少し前に来ても良かったんじゃないかと思うけど、ギリシャ王室は女王本人よりも夫のフィリップ殿下の方が血縁的には近い上、現在どの国も倒置していないということでこの位置なのだろう。

出席者同士の個人的な関係なども考慮されているかもしれない。

結果として、非ヨーロッパでホストとの血縁関係もなく、在位年数も浅い日本の皇室はこの位置についたということになる。順当なんじゃないかな。

おそらく、秋篠宮や他の宮様が天皇の名代で参列していたとしても席次は変わらなかったか、もしかしたら周りは国王/女王ばかりなのでもっと後ろに行っていたかもしれない。

ネットの書き込みでは「なんだヨルダンとマレーシアの間か」というようなコメントもあったけど、各方面に失礼である。

余談だけど、いくらなんでもこれだけ国王/女王が集結することはなかなかないので、王室ウォッチャーとしては(葬儀とはいえ)かなり興奮した。

結論

「日本の天皇はすごい!」と言いたい気持ちはとてもよくわかるけれど、教皇や英国王など、他の君主や元首と比べてアゲるのは、天皇自身に対しても「不敬」だと思う。
この記事では「天皇は別に世界的に見ても特別偉いわけじゃない」ということを言いたいのではなく、「他と比べてえらいのだ」という事のむなしさ、無意味さについて書きたかった。
拙い文章ながら、その真意が少しでも伝わっていたなら幸いである。

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