僕の休日

 旬というものは割と大切な考え方であると思っている僕である。
 全国民にとってゴールデンなわけではないのだろうけれど、それでも何となく今年はそのゴールデンに乗っかれたような気がしている。
 そんな旬な話をつづろうとキーを叩いているわけである。

 今年の3月くらいを境に僕の生活は一変と言っていいほどがらりと変わった。家庭の事情で、という何とも含みを持たせた言い方になるが、それほど何も含んでいない所謂家庭の事情で春までは心も体も忙しい状態が数年続いていたのだけれど、そのことから解放されて、今は比較的ゆったりとした時間にだらだらと身を委ねているような休日を過ごせている。

 僕はもともと暇な時間というものがとても苦痛に感じる節があった。暇を持て余すのが嫌いだった。しかし僕なりにハードな期間を数年過ごした後の今は、その苦手であった持て余す暇にこそ感じる充実感というよくわからないものの魅力を覚えたのである。

 とはいうものの、暇な時間を楽しめる状態が長く続くことはないだろうと予感はしている。大体が何かをしていないとウズウズするたちなのである。
 行動派、のように思われると何かしっくりこなくてむずがゆく感じるのであるが、余暇はこれに時間を費やそう、と思えるものがひとつあると抜群に安心できる。その点においては神経質なのだろうと思っている。

 そういえば、ゴールデンウィーク中に1日だけ僕以外の家族全員が出かけるというひときわ眩しく輝く、もとい、とても寂しい日程があったのだけれど、運悪く僕はその日珍しく体調を崩してしまったのである。
 鬼の居ぬ間に、などという悪さを目論んでいたわけではないのだけれど、得も言われぬ非日常感にワクワクしながら、予定をあれやこれや考えていただけに非常に悔やまれる1日になってしまった。

 因みにこのような記事を僕はこっそりと書いているわけではなく、noteの活動のことは積極的に家内に伝えていることでいかに健全な予定を立てていたのかの隠れ蓑に…じゃなくて証明になるのではないかと淡い期待を寄せているのである。

 またいつか、きわめてプライベートな時間が確保できるようなことがあれば、Wi-Fi設備のある洒落たカフェで1日中noteの記事を作成することにしようかな。うふふ。

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