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2 きっかけは突然に

まさか、こんな状況で演奏するなんて思っても見なかった。

〇〇は眼の前で鋭い視線を向けている秋元康と今野義雄を見ながら、構えたエレキギターのネックをギュッと握った。

刹那的には視線を櫂と慶太に向けると、二人はいつも通りの微笑みをたずさえながら、それぞれの楽器を構えた。

〇〇がそれを見て頷くと、ドラムスの櫂がスティックを三拍子叩いて曲がスタートした。


6時ちょうどにアラームを押し込んで
めざましのテレビなんかに追い立てられて
慌てて飛び出していく
アスファルト蹴り上げていく
イヤホンにエンドレスのビートを鳴らして

代わり映えしないいつもの教室に
かけがえの無い大切な仲間がいる
給食のパンてどうしてこんなにパサついてるんだろう
そんなこと言い合えるのも
もう少しで終わってしまうんだね

変わっていこうぜ
なりたいことまだ見つからなくても
笑っていようぜ
俺達は俺達を卒業しないから


最初こそ緊張していたものの、演奏が始まればいつも通り音楽を楽しむ3人の姿があった。

純粋に音を奏でる喜び。
それを全身で体現する。
それは見る者を惹き込まずにはいられない。

今野「(やはり凄い、演奏のテクニックもだがカリスマ性が素晴らしい。〇〇くんの歌声もなかなか…)」

今野は前のめりになりながら足で小さくリズムにのりながら改めて〇〇たちに聴き惚れる。

隣では秋元が微動だにせずに演奏を聴いていた。

演奏が終わり、〇〇たちは満足げにアイコンタクトをして秋元と今野の方に視線を向けた。

今野「どうでしたか、秋元先生?」

今野はあえて秋元に振った。

刹那の沈黙。

振られた秋元はすぐには言葉を発しなかったが、やがてゆっくりと口を開いた。

秋元「天才だな…」

ポツリといった。

秋元「君たちはいくつだったかな?」

〇〇「今年で20歳になります」

秋元「可能性は無限か…」

それだけ言うと、秋元は黙り込んでしまった。
突然のことに〇〇たちは困惑したが、長年共にしてきた今野は秋元の行動の意味を理解した。

今野「3人とも今日はありがとう。大変参考になったよ。また連絡させてもらうかもしれないから、そのときはよろしくね」

今野は〇〇たちを帰すと、会議室に秋元と二人で残った。

相変わらず秋元は腕組みをしたまま目を閉じて考え込んでいるようだった。

今度はできるだけ物音をたてないように秋元の近くの椅子に腰を下ろす。

今野「どうでしたか、彼ら」

今野はふたたび秋元に彼らの感想を求めた。
自分から紹介したというのもあるが、何よりも自分が感じた彼らの可能性の感覚が秋元と一緒かどうかが興味があったからだ。

今野の言葉に、秋元は腕組みを解いて、ゆっくりと言葉を発し始めた。

秋元「正直、嫉妬してしまったよ」

今野「嫉妬ですか?」

秋元「あれだけのポテンシャルを秘めた才能に久しぶりに出逢えた。演奏云々じゃない。それよりも演奏一つで人の心にダイレクトで影響を与えられる天性の才能。見るものを惹きつけるカリスマの原石のようだ」

今野「…」

正直驚いた。秋元が誰かを、特に素人をこんなに褒めるなんてこれまで見たことがなかった。
数多くのオーディションに一緒に参加してきたが、ここまでの評価を得たのは初めてだった。

秋元「彼らが欲しいな」

秋元のプロデューサーとしての心に火がついた。

今野「バンドとしてデビューさせますか?」

秋元「それもありだが…」

秋元はふたたび腕組みをし始めたが、すぐに話を続ける。

秋元「坂道に加えたい」

今野「え、さ、坂道ですか!?」

予想もしない言葉に驚く今野。
しかし、秋元は気にもせず続ける。

秋元「あれだけ人を惹きつける才能があるんだ、アイドルとしてもいける。いまの坂道グループにも良い化学反応を与えてくれるだろう」

今野「なるほど。男性グループということですか。じゃあ3人以外のメンバーのオーディションをしないとですね」

秋元「いや、彼らは3人だけでデビューさせる。基本はいまのバンド形式のままグループだけ坂道を名乗ってもらう。幸いバンド名は決まってないようだしな」

どこまで本気なのか、笑みを浮かべながらそんな事をいう秋元。
ただ、荒唐無稽な冗談を言っていないということは今野にもつたわる。

今野「女性グループの坂道の系列に男性グループはいろいろ世間的な反発も来そうですね」

秋元「なに、どんな形であっても多かれ少なかれ反発はある。あれだけ人を惹きつけるんだからなんとかなるさ」

今野「たしかに、そうですね」

秋元「じゃあ手配は任せるよ」

今野「わかりました、お任せください」

こうして、水面下で〇〇たちの予想もしないスピードで物事は進んでいくのだった。




つづく

この物語はフィクションです
実在する人物などとは一切関係ございません。


Song
CRUDE PLAY「卒業」

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