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1 アイドルアソート

大学の講義で経済学の授業を取ったときに、世の中にお金がまわる仕組みとかを聞いて、そーなんだなー、程度に聞き流していた。

結果的にはお金が集まるところにあつまり、そうでないところにはよほどのことがない限り永遠にお金は集まってこない。

そうできている。
そして、大学2年生となった喜多川〇〇は後者だった。

喜多川〇〇は絶賛金欠中である。

比較的大学は真面目に行っている。
別にギャンブルをするわけでもなければ、毎日のように学友と飲み歩いているわけでもなければ、まして風俗に入り浸っているわけでもない。

単純にお金がないのだ。
地方から出てきて一人暮らし。実家は貧乏なので仕送りもない。
奨学金とアルバイトでなんとか生活を維持している。

おかげで華の大学生活というには程遠い生活だったが、嫌ではなかった。



ある日、大学の学食で一杯200円のかけ蕎麦を胃に流し込んでいると、目の前に同じ学部の友人が定食セットのトレーを持ってやってきた。

友人「なあなあ、今度一緒に握手会行かないか!?」

何故か若干興奮気味に話す友人を、冷静な目で見つつ食べかけの蕎麦を飲み込んでから言葉を返す。

〇〇「握手会? なにそれ??」

友人「アイドルの握手会だよ! CD買うと握手できるんだよ」

そんなビジネスモデルがあるのか。
経営学部に通う〇〇は素直に感心してしまった。

〇〇「悪いけど金ないからパスかな」

残念ながらCDを買う金なんてない。
それなら食費や生活費に金をかける。CD①枚で何食飯食えると思ってるんだ。

〇〇はこころの中でそう悪態をつきながらも努めて冷静に対応した。

友人「そういうと思って、〇〇くんにはこれを進呈しよう!」

そういいながら友人が差し出したのはCDが4枚。

〇〇「なにこれ、CD?」

友人「この中に握手券が入ってるから一緒に行こう!」

〇〇「だから、金ないから買えないんだって」

友人「これは俺からのプレゼントだ。大学内に同じ趣味を持った仲間が欲しくてさ、〇〇は趣味もないって言ってたし、ちょうどいいかなと思って!」

〇〇「いやいや、だからってタダでもらうなんてできないって」

友人「そんな高いものじゃないから気にしなくていいよ! 同じ趣味を持つ仲間づくりへの専攻投資だと思って、受け取ってほしい!」

高いものじゃないって、CDだって安くないだろ。
初回仕様限定盤とか書いてあるし。
そういえば、こいついいところのボンボンとか聞いたことある。金持ちからすればCDくらい大した事ないってことか。

若干癪に障りながらも、好意はありがたくいただこう。

〇〇「ありがとう、じゃあ頂いておくよ」

友人「よしっ! じゃあ握手会も楽しみにしてるよ! あ、純粋に曲もいいやつばかりだからちゃんと聞いて感想教えてね! 4枚それぞれカップリングがちがうから聞いておいてね!」

嵐のように去っていく友人を尻目に、〇〇は早くも後悔し始めるのだった。




握手会当日。

会場である幕張メッセに到着した〇〇は溢れんばかりの人の山に圧倒されていた。

友人「いやー、この熱気たまらないな!」

友人はと言うと相変わらずの熱量で臨んでいた。

友人「そういえばどのメンバーのところに並ぶか決めたの?」

〇〇「ああ、せっかく4枚あるし1期生から4期生まで一人ずつ並ぶことにしたよ」

CDをもらってから友人の英才教育のおかげでかなり詳しくなっていた。

友人「おー、誰々??」

〇〇「1期生は白石麻衣さん、2期生は伊藤純奈さん、3期生は山下美月さん、4期生は賀喜遥香さんかな」

友人「エース級ばかりだなw」

〇〇「まだ素人なのでとりあえず王道でw」

それから最初に白石麻衣の列に友人と一緒に並ぶことになった。
並びながら握手会のお作法とかマナーとかいろいろ教えてくれてありがたかった。

そんなこんなで最初はどれだけ並ぶんだと思っていた列も気がつけば〇〇と友人の番になっていた。

友人「じゃあ、先に行くな」

まるで戦地にでも行くかのような覚悟とカッコいい横顔を残して友人はブースの中に消えていった。

しばらくしてスタッフの、次の方どうぞ、という声とともに案内される〇〇。

そこにはトップアイドルとしてのオーラを纏った白石麻衣という女神が笑顔で待っていた。

白石「こんにちは~、はじめましてですか?」

〇〇「あ、はい、はじめましてです」

眼の前まで行くと白石は手を差し出してきたので反射的に手を握って握手をする。
そのせいもあってか緊張して変な日本語になった。

白石「ふふ、よかったらお名前聞いてもいいですか?」

〇〇「喜多川〇〇です」

白石「〇〇くんか、歳はいくつ? 学生?」

〇〇「今年で二十歳になります。大学生です。」

白石「いいなー大学生! はじめての握手会はどう?」

〇〇「白石さんが綺麗すぎて緊張します。うまく話せなくてごめんなさい」

白石「(この子かわいい! しかもイケメンだし…決まりかな)」

スタッフ「お時間でーす」

剥がしのスタッフに促されて、あっという間に時間は終わってしまった。

〇〇「あ、ありがとうございました!」

白石「またね、〇〇くん!」

ブースを出ると友人が待っていてくれた。

友人「どうだった!? まいやんヤバかったでしょ!?」

お前のほうがヤバいよという言葉を必死に飲み込んで笑顔で頷いた。

友人とは他の人は被っていなかったので後で再会することを約束してこれ以降は別れて並ぶことになった。

次にやってきたのは3期生の山下美月のブース。
ここもめちゃくちゃ並んだ。
しかも一人で並んだから余計に長く感じたけど、間にいろいろ美月という人について調べられた。

華やかだと思ったけど苦労してるんだな。

スタッフ「次の方どうぞ」

ブースに入ると美月が笑顔で出迎えた。
白石麻衣とタイプは違うが、彼女も美しい。

美月「やっほー、はじめましてかな? 山下美月です、よろしくね」

親しみやすいキャラに、アザトカワイイ小悪魔キャラ。そんなことがいろんなサイトで書かれていたけど、彼女なりに頑張っていることがわかった。

〇〇「はじめまして喜多川〇〇といいます。握手会初めてですけど、山下さんと話せて嬉しいです」

白石のときよりもスムーズに話せる。
前よりも慣れた成果だ。

美月「私も嬉しいよ♡ ありがとう」

〇〇「山下さんを応援してます。でも無理はしないでくださいね」

美月「えっ…?」

〇〇「なんとなく似てるなって。僕は人に頼るの苦手なときに抱え込んじゃうので、山下さんにはそうなってほしくないなって… すいません突然」

美月「ううん、ありがとう」

〇〇「ファンは山下さんの味方ですから」

美月「…それは〇〇くんも?」

〇〇「もちろんです!」

美月「じゃあさ、あ―」

スタッフ「お時間でーす」

名残惜しいがタイムアップ。

〇〇「頑張りすぎず、頑張ってくださいw」

美月「なにそれw ありがとう、頑張るね!」

〇〇を見送る美月も何かを決めたようだった。


続いては2期生の伊藤純奈。
またまた並んでいる最中にプロフィールとかを確認。YouTubeでみた演劇がすごく引き込まれた。
あとは、お酒が強いんだ。

そんなことを頭に入れていると、順番が来た。

〇〇「はじめまして、喜多川〇〇といいます。握手会初めてですよろしくお願いします!」

純奈「あはは、硬いよ〇〇くんw 伊藤純奈です、来てくれて嬉しい、よろしくね」

頼れる雰囲気も言うか、それでいて美人だからこの人も引き込まれる。

〇〇「伊藤さんのお芝居すごいですね。迫真の演技というか、見てて感動しました」

純奈「ありがとう! でも、最近少し伸び悩みでさ、もっと頑張らないとと思ってるんだ」

〇〇「僕なんかが言えないかもですけど、伊藤さんのお芝居は見てて惹き込まれます。もっと見てみたいと純粋に思いました」

純奈「ありがとう…/// じゃあ〇〇くんに見てもらえるようにもっと頑張らないとね」

〇〇「楽しみにしてますね、伊藤さん」

純奈「伊藤さんじゃなくて、純奈って呼んで」

〇〇「わ、わかりました純奈さん///」

純奈「うん!///」

スタッフ「お時間でーす」

やばい、どの人も可愛すぎる。
毎回心臓がもちそうにないなかを必死で乗り切る〇〇。

いよいよ最後のメンバーである4期生の賀喜遥香のブースにやってきた。

ブースに入ると遥香がいた。
しかし、これまでのメンバーとは雰囲気が違う。
なんというか、マイナスのオーラがにじみ出ていた。

〇〇が目の前まできて手を伸ばすと、ビクッと怖がるように反応した。

その姿を見て、前に何かあったと感じ取った。

遥香が意を決して手を握ろうと手を伸ばすと、〇〇は手を引っ込めた。

遥香「(え?)」

思わず〇〇を、見ると優しい微笑みを遥香に向けながら柔らかい口調で話す。

〇〇「すいません、賀喜さんが辛そうだったので。握手は無理にしなくても大丈夫なのでよければお話だけしませんか?」

遥香「え、でも、いいんですか?」

〇〇「はい、気にしないでください。それより大丈夫ですか?」

遥香「あ、えと、その、前の人にいろいろ言われちゃって… 向いてないとか、やめたほうがいいとか…」

思い出しながら辛くなったのか、遥香は下を向いてします。

〇〇「そんなことないです。賀喜さんは立派なアイドルですよ。これだけの人を勇気づけられるんですから。向いてないなんてありえません」

遥香「でも…」

〇〇「賀喜さんの笑顔は人を幸せにする力があります。だから、辛いこともあるかもしれませんけど、自身を持ってください!」

遥香「あ、ありが―」

スタッフ「お時間でーす」

ようやく遥香に笑顔が戻りかけたときに、無情にも終わりを告げるスタッフの声。

遥香「あ、まって、名前だけでも!」

〇〇「〇〇、喜多川〇〇です!」

遥香「(〇〇さん……決めた…)」


遥香のブースを出た〇〇は人混みの少ないところまで移動してスマホを取り出した。

いちおうこれですべてのスケジュールは終わった。
初めてだったけど、楽しかった。
〇〇のなかには満足感があった。

友人に連絡を取ろうとスマホをいじっていると不意に声をかけられた。

スタッフ「喜多川〇〇さんでお間違い無いでしょうか?」

みると、そこにはスタッフジャンパーを着た握手会のスタッフが立っていた。

〇〇「あ、はい、そうですが」

スタッフ「大変恐縮ですがご同行を、お願いできますでしょうか」

〇〇「え、あ、は、はい、いいですけど」

何がなんだかわからないまま、〇〇はスタッフに連れられてバックヤードを通りとある会議室に通された。

スタッフ「こちらで少しお待ち下さい」

案内したスタッフもいなくなり、部屋には〇〇だけが残された。

え、なにかした?

理由がわからず思考を巡らせていると、しばらくして部屋のドアを誰かがノックした。

〇〇が受け答えると中年の男性と、きれいな若い女性が入ってきた。

今野「はじめまして、乃木坂46をはじめとする坂道グループの責任者をしている今野義雄といいます」

奈々未「乃木坂46のチーフマネージャーをしてます橋本奈々未です」

〇〇「喜多川〇〇です。あのなぜ僕が呼ばれたんでしょうか…?」

自分の呼ばれたわけがわからずに二人に尋ねると、今野から予想もしていない答えが帰ってきた。

今野「単刀直入にいいます。アイドルの恋人になってもらえないかな」

〇〇「ええーーーー!?」



つづく

この物語はフィクションです
実在する人物などとは一切関係ございません

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