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4 動き出す時間はキミとの時間

白石麻衣と夕御飯を共にした橋本奈々未は、家に帰るために、酔い冷ましも兼ねて一人街を歩いていた。

あまりお酒を飲めない白石が珍しく飲もうと言い出した理由はわかってる。
元気がなかった自分を元気づけるため。

乃木坂46創設時からの仲間で、同い年と言うこともあり親友と言える間柄。

白石が元気ないときは奈々未が。奈々未が元気ないときは白石が。

御三家と言われ、乃木坂の中心を担う二人だからこその関係性と言えた。

しかし、そんな白石にも言えなかった。

頑張っている彼女に余計な心配をかけたくない。
それは他のメンバーにもおなじ。弱い自分を見せたくなかったから。

ほんの少しだけ飲んだお酒だったけど、普段あまり飲まないから酔いがまわった。
心配する白石に別れを告げて、一人で夜の街を散歩する。
オフィス街と住宅街の入り混ざった街。表通りは小さいながらもオフィスビルが立ち並ぶのに、一歩裏道にはいると閑静な住宅街となり、時折個人経営の小さなカフェやレストラン、雑貨屋がみてとれた。

スタジオ近くのこの街の雰囲気が何となく好きで、何度か休憩時間とかにぶらりと歩いたこともある。

そんなときに見つけた名前もわからない公園。
気がつくとそこにいく道のりを歩いているのに気がついた。
理由なんてない。ただ足がうごいたから。

公園に近づくと小さなメロディーが聞こえてきた。

その音は公園に近づくにつれて大きくなっていく。けれど騒音とかそんな感じではない。

アコースティックギターの優しい音色。
それにかすかに聞こえる男の人の歌声。

公園の入り口で思わず足を止めた。
聞こえてきているのは桑田佳祐の「白い恋人たち」。
好きな曲というのもあったけど、何よりも歌声が綺麗で思わず聞き入ってしまうような、言葉では言い表せない声だった。

声の方にゆっくりと近づいていく。

街灯の下のベンチで男の人がアコースティックギターを弾いている。


男の人と言っても同い年くらいかな。
奈々未はそんなことを思いながら静かに歩み寄り、一定の距離を保って立ち止まると、その声に聞き入った。

桑田佳祐の「白い恋人たち」。

乃木坂46に入る前からよく聞いていた曲。
冬が来るたびに愛される曲にしたかった、と桑田佳祐がかたっているように、冬になると聞きたくなる名曲。

いくつものコピーバンドを聴いたけど、聴こえてくる歌声はそのどれよりも美しかった。

本家とは歌いかたが違うタイプだが、スッと心に入り込んできて、深層に直接響くような歌声。

やがて、曲が終わる。
その瞬間、その男の子は不意に寂しそうな表情を見せた。

奈々未「綺麗な声ですね」

気がついたら男の子に歩み寄って、そう声をかけていた。
消え入りそうなその表情をみて、自然と距離を縮めた。

〇〇「あ、すいません。ありがとうございます」

男の子は少しだけ慌てるようにそそくさとギターをそばにあったケースに片付けようとする。

奈々未「え、もう終わりなんですか?」

思わず呼び止めると、男の子は苦笑いしながら立ち上がる。

〇〇「これ、僕のじゃないんです。そこのごみ捨て場に捨てられてたからちょっと気になって、少しだけ借りて弾いてただけなんです」

奈々未「そうだったんですね。でも、すごくよかったです。よかったらですけど、最後に一曲なにか弾いてくれませんか?」

気がつけば口から出ていた言葉に自分でも驚いた。

見ず知らずの、しかも今あったばかりの人に何を言っているのだと。

奈々未の言葉に男の子は悩むそぶりを見せながらも、ごみ捨て場に戻そうとしていたギターを再び手に取った。

『…じゃあ、一曲だけ。何でもいいですか?』

奈々未「うん。あ、でも少しだけ元気になれる曲がいいかな」

『元気が出る曲……わかりました』

そういって男の子はギターを構える。

アコースティックギターの音色が私を包み込むように、静かな夜の公園に鳴り響く。

10年後の未来のことなんてわかんないよ
ねぇ 難しく考えすぎてない?

でもね明日のことならちょっとイメージできるよね
ほら少し笑顔になれるよ
こわいものなんて何一つないよ
だから行こうよ

Tomorrow never knows
ずっとずっと
Never give up on my dream 
確かなリズムで今を駆け抜けていこう 
僕たちはいつかいつか
きっと大人になって行くんだ
だから今はじけよう

それは、聴いたことのない歌
でも、まるで自分に向けられたかのような歌詞。

心に響く。
目が、耳が、全身が彼から集中を離せない。

難しく考えすぎてない、か

確かにそうかもしれない。
今できることをやっていこう。
乃木坂のメンバーはみんなすごいけど、みんなは敵ではない、仲間なんだからもっと頼ろう。

さっきまでの心のもやもやが、すーっと晴れる気がした。

眼の前の彼が歌い終える頃には、奈々未の心は晴れやかな気持ちになっていた。

演奏を終えた彼に拍手を送る。

照れくさそうにしながら、彼は今度こそギターをケースにしまった。

奈々未「すごく良かったです、すごく」

〇〇「良かったです。少しは元気出ましたか?」

奈々未「はい、ちょっと悩んでたんですけど、頑張ろうって思えました。あなたのおかげです」

〇〇「それは何よりです」

奈々未「あの、さっきの曲って、誰の…?」

〇〇「ああ…あれは昔知り合いと作った曲というか…」

歯切れが悪い言い方をする彼。

奈々未「え、オリジナルなんですか!?」

〇〇「えぇまあ…」

奈々未「もしかしてインディーズとか、プロの方ですか?」

〇〇「まさかまさか、昔バンド組んでたってだけのただの大学生です」

小さく微笑む彼の笑顔が寂しさを感じさせながらも輝いて見えたのは、街灯の明かりに照らされたせいなのかはわからない。

でも奈々未はその笑顔に惹かれていた。

奈々未「あの―」

彼のことをもう少し知りたい。
そう思って声をかけようとしたとき、不意に静かな空間にスマホのバイブ音が鳴った。

それは彼のスマホだった。

すいません、と一言言って彼は電話に出る。

??「〇〇! どこにいるんだよ! まだかー!」

あまりに大きな声だったからスピーカー越しに奈々未にも聞こえてきた。

奈々未「(〇〇…、名前〇〇っていうのかな?)」

〇〇「ご、ごめんごめん、ちょっと散歩してて。すぐ戻るよ」

そう言うと、彼はギターをもとあったゴミ捨て場に戻すと、奈々未のほうに振り向いた。

〇〇「じゃあ、俺はこれで!」

奈々未「あっ、ちょ―」

まだ話したい。
そう思った奈々未だが、うまく声は出ない。

彼は奈々未言葉には気づかずに、夜の公園をどこともしれない闇夜に駆けていった。

奈々未は彼の姿を見えなくなるまで見つめるしか、そのときはできなかった。

ブーブーブー

今度は奈々未のスマホが振動する。

液晶には白石麻衣の文字が映し出された。

奈々未「はい」

白石「ななみん、ちゃんと帰れた?」

どこまでも優しく仲間思いな親友の声が耳に心地よい。
さっきまでは心にへんな感情があって、そんな親友の声も素直には聞けなかった。

心が軽くなっていた。

奈々未「んーん、まだ散歩してるw」

白石「ええっ!? もう夜遅いんだから、危ないよ!」

奈々未「…しーちゃん」

不意に声色の変わった奈々未に、電話越しでも感じとった白石は静かに奈々未の言葉をまつ。

奈々未「私…もっと甘えてもいいかな。しーちゃんに、みんなに迷惑かけちゃうかもしれないけど…」

奈々未が言い終わるかどうかというタイミングで、白石が言葉をかける。

白石「いいに決まってるでしょ! 私達は仲間なんだよ!」

裏表なしの本心だということはすぐにわかる。
それがこの上なく嬉しかった。
気がつけば涙が頬をつたう。

奈々未「ありがとう、しーちゃん」

泣いているのはまだ内緒。

でも、間違いなく前には進める気がする。
難しく考えないで、今を駆け抜けよう。

名前も何もわからない、御礼さえ言えなかった恩人とも言えるギターの彼に、心のなかでありがとうと思いながら、奈々未は帰路につくのだった。


つづく

この物語はフィクションです
実在する人物などとは一切関係ございません


song
桑田佳祐「白い恋人達」
Mush&Co.「明日も」

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