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アンドロイド転生900

(回想)
2118年9月20日 朝
カガミソウタの邸宅:ダイニング

「ご馳走様」
「はい」
アリスは微笑む。元々食が細いソウタは箸が進まないがそれでも良いのだ。少しずつの前進で。

ソウタの屋敷にアリスが残り、彼の世話をするようになって20日が過ぎた。ソウタは毎日殆ど同じルーティンで生活をしている。3度の食事と気分転換。そしてハッキングだ。

ソウタは立ち上がると地下に向かった。時刻は9時。これから5時までコンピュータルームで作業する。但し篭ってばかりではない。休憩を取り、おやつも食べて散歩もする。

半年前までの彼は人間らしい生活から逸脱していた。昼夜逆転。着の身着のまま。寝食を忘れてコンピュータに没頭する。外に出るのは皆無。そんな生活では不健康極まりなかった。

恋人としてスミレは彼に改善を願っていた。やっと春から少しずつ変化していった。外に出たり、人と交流するようになったのだ。スミレはそれをとても喜んだ。そんな彼女はもういない。

ソウタはスミレとの約束を守ろうとしているのだ。ただアリスは時々不安になる。元精神科のナースだった彼女は人の心の機微が分かるのだ。いきなり生活を変えれば無理がくると。

今のソウタはスミレの無念を晴らすという信念の元で気が張っているのだ。真面目に取り組めば取り組むほどいつか反動で心が折れてしまうかもしれない。それが怖かった。

アリスはソウタを追いかけた。
「今日はダラダラしましょうか?」
「は?何言ってんの?」
「私はマッサージも得意ですよ!」

頭の回転の早いソウタはアリスの気持ちを汲み取った。自分は無理をしていると思っている。
「じゃあ…後でしてくれるか?」
「はい!」

アリスの喜ぶ顔を見て可愛いと思う。スミレ以外にそんな風に思ったことはなかった。ソウタは笑った。きっとスミレはヤキモチなんて妬かない。そう思う事を喜ぶだろう。


コンピュータルームにて

ソウタはdarkwebの世界を泳いだ。今日もスオウ組の顧客を探していた。ドラッグを営利目的で取引した場合の時効は10年。その10年間分の履歴を調べ上げるのだ。

そして取引を無かったことにする。スオウ側だけ消去しても意味はない。顧客側もデリートするのだ。だが彼の技術を持ってしても顧客を探し出すのはかなり困難だった。

外国人や海外に逃げた者。匿名、偽名もいるのだ。だがソウタは諦めなかった。何としても1人残らず探し出し、警察の捜査から外れる事が目的なのだ。スオウに利益を与える為に。

アラームが鳴った。正午だ。乗りに乗っている時に席を立つのは本当は不満だ。以前の自分ならひと時も休まずに寝食も忘れて没頭しただろう。でもスミレはそんな自分を望まない。

『ソウタ。無理しないで下さい。たまには自分の好きにして。やりたいならそのまま続けて。眠いなら横になって。散歩だって面倒ならしなくていいんです。そして泣きたいなら泣いて下さい』

スミレの声が聞こえたような気がした。鼻の奥が痛くなってきた。ソウタは肩を震わせて泣き出した。昼食を知らせにやって来たアリスはその声を聞いて、ひっそりと戻って行った。

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