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【エッセイ】 麻布台ヒルズに行ってみた

 「麻布台ヒルズ」が開業すると聞いて、さっそくその日(23.11.24)に行ってみた。
 地下鉄の神谷町駅の改札を抜けると、すぐに麻布台ヒルズだった。初日とあって、辻々に立つ案内係の方々にも晴れやかな雰囲気が漂う。隅々に埃ひとつなく、新築の香りがするのも気持ちいい。まずは外観を見たいとエスカレーターを上がった。ここ数日、寒い日もあったが、この日は半袖族もいるほどの晴天で、ヒルズの新鮮さに花を添えているようだった。
 曲線を使ったオブジェのような建物。白色と曲線を配置した優しい吹き抜けのエスカレーターホール。ショップも洗練されていた。
 「中央広場」は緑とせせらぎのある憩いの場だが、何棟かのヒルズの建物に囲まれているため、この日のようにお天気がよくても日陰になって薄暗く残念だった。夏場の日が高いころならば、いいだろうか?
 新しいところには興味津々で、とりあえず行ってみたくなる。そんな発想は「バブル世代」なのかもしれない。「ワイルドブルーヨコハマ」「横浜ランドマークタワー」「恵比寿ガーデンプレイス」「ビーナスフォート」も、話題の場所には真っ先に行ってみた。

麻布台ヒルズガイド
麻布台ヒルズ
広い吹き抜けのエスカレーターホール

アークヒルズ

 森ビルのヒルズブランドの原点は「アークヒルズ」。
 情報化されたビルを表す「インテリジェントビル」ということばもここから広まった。オフィスとともに「テレビ朝日」、クラシック専用の音楽ホール「サントリーホール」、ホール前の広場は世界的指揮者から名前をとって「カラヤン広場」と名付けられ、広場を跨いで「全日空ホテル」という複合開発だった。竣工は86年。最先端、時代の先駆けだった。
 毎夜、ここで久米宏さんが『ニュースステーション』を放送していた。東京駅から夜行バスで京都に行くことが多かった私は、23時くらいに首都高でこの前を通るのだが、ここは煌々と明かりがついていた。「24時間戦えますか?」の時代である。
 そんなことから感じる雰囲気に躍動感を感じた。「時代」を、「社会」を、ここが引っ張っている気がした。ワクワクした。
 そして、その「時代」や「社会」は皆で共有できていた気がする。

アークヒルズ


カラヤン広場

しらけた気分

 その後の「ヒルズ」にワクワクを感じられないのは、その「共有」感を持てないからだと思う。「社会の分断」だとか、「二極化」「多極化」だとかいわれるが、「富裕層」をイメージさせられる空気感がここにある。
 森ビルは、地域とともに「都市を育むまちづくり」をそのコンセプトとしている。都心の旧来の街並みには、住みにくさや災害時の危険など多くの問題を内包している。高齢化もある。それを、街に暮らす人と一緒に街の未来を考えて開発しようとする手法はすばらしい。地権者がそのレジデンスに住むことで、解消できる地域問題もある。
 しかし、そのレジデンスそのものが、裕福な一般人でもとうてい手が届かないものであって、外から見ると逆にしらけてしまう。

町中華

 そんなことを考えながら、麻布台ヒルズを出た。
 神谷町に来たのだからと思い出したのは、以前BS-TBS『町中華で飲ろうぜ』で取り上げていた中華料理店「天下一」。いつか行ってみたいと思っていた町中華のお店である。ヒルズを出てすぐだった。「日替わりサービス定食」の金曜日は「ホイコーロー定食」だった。満足してお店を出た。
 お天気もいいので少し歩こう、そう思ってぶらぶらした先が「アークヒルズ」。
 私は、今でもアークヒルズが好きだ。六本木ヒルズ、表参道ヒルズ、虎ノ門ヒルズよりも好きだ。

(2023年12月 5日)

天下一
サービス定食のメニュー
ホイコーロー定食
1988年の新聞広告


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