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<日本灯台紀行 旅日誌>2021年度版

<日本灯台紀行 旅日誌>男鹿半島編

#7 二日目(2) 2021年7月15日

入道埼灯台撮影4

休憩

入道埼灯台撮影5

入道埼灯台には、十二時半頃に戻ってきた。十時に出たのだから、往復で約二時間半かかったわけだ。ま、行って帰って来ただけだ。車の中で、一息入れて、昼の撮影を開始した。暑い。だが、昨日ほどではない。多少風があるのだ。位置取り、撮り歩きのコースは、基本的には午前中とほぼ変わらない。つまり、灯台をやや右手に見ながら、草深い広場の南西側を歩いて、断崖の縁まで行く。ただ、午前中より、さらに、50mほど遠目を歩き回った。
すると、黒い石のモニュメントが、等間隔に並んでいるのがよく見えるようになった。結果、緑の広場に点在する、このモニュメントたちを画面に取り込みながら写真を撮った。

あとで知ったのだが、このモニュメントたちは、<北緯40度>のラインを示しているらしい。あの時は、まるっきり気にも留めなかったが、この<北緯40度>のラインは、北朝鮮とか中国とか、さらには中東、エーゲ海や地中海、イタリア、スペイン、そして大西洋を横切って、アメリカにまで到達するらしい。う~ん、モニュメントを背にして、海を見ながら、多少の感傷に耽ってもよかった筈だ。とはいえ、暑いということもあったが、完全に撮影モードになっていて、それどころじゃなかった。心に余裕がなかった。いいや、そんな余裕などいらない。灯台と向かい合うために、最果ての地に来ているのだ。

小一時間、草深い広場の中を歩き回って、駐車場に戻ってきた。車の中で休憩したかったが、腹が張っている。かなりきつい便意だ。駐車場の北側にあるトイレに入った。温水便座付きで、きれいだ。腰かけたとたんに、どっと出た。そういえば、昨晩も、今朝も、ろくに出ていない。それに、朝飯をごってり食べたので、腹がややゆるくなったのかもしれない。トイレを出た時には、体調が戻り、元気が回復していた。休憩する必要もない。そのまま、灯台へと続く遊歩道を撮り歩きした。だが、構図的には、どうもよろしくない。

<資料館>らしき建物まで来た。今回は、なぜか、灯台にのぼる気分になっていた。灯台の<参観料>¥300を払って、受付を済ませた。二、三段、コンクリの階段を登って、灯台の敷地に入った。灯台は巨大で、すでに、写真の画面にはおさまらない。中に入ると、螺旋階段がある。すぐ登り始めた。割と広くて、すれ違いできる感じだ。それに、さすがに、外よりは涼しい。今回は、重いカメラバックは背負っていない。カメラ一台を肩に掛けているだけだ。ほとんど息も切らさず、一気に登った。それでも、最後の二十段くらいは、多少ハアハアした。

小さな扉をくぐって、ドーナツ型の展望スペースに出た。誰もいない。風が心地よい。それに、ほぼ300度の視界がある。いや、270度くらいかもしれない。展望スペースをぐるっと一周することはできないのだ。とはいえ、左回りの行き止まりと、右回りの行き止まりとの間に、あまり距離がないから、展望的には、360度見回せる。

いい眺めだ。駐車場の、自分のレンタ―を眼で探した。ゴマ粒ほどの大きだ。あとは、緑色の広場全体を見下ろした。例のモミュメントへ向かって、ちょろちょろと、人が行ったり来たりしている。ああなるほど、自分もあの辺を歩き回ったわけだ。

海も水平線も、すべてのアングルを撮った。そのうち、人が登って来た。しょうがない、場所移動だ。また、左回りの行き止まりまで行った。そこで、柵に肘をかけながら、広大な空間をしばらく眺めていた。ま~~、これといった感動もないが、高くて、見晴らしのいい所は、やはり気持ちがいい。

かなり長居した。いや、ほんの十分ほどだろう。螺旋階段を降り始めた。登るときにも気づいていたが、壁(胴体の内側)に、灯台の、色の褪めた写真が、べたべた貼ってある。写真コンテストで、賞をもらった写真らしい。構図的には、ほぼ自分も撮っている写真が多い。ただ一枚だけ、これは、どこから撮ったのだろうか、という写真があった。

それは、灯台の立っている岬を、横位置で、別の岬から撮ったものだ。したがって、かなり遠目ではあるが、断崖などが左側に写っていて、なかなか面白い。螺旋階段を下りながら、頭の中で考えた。灯台の位置関係からして、南西側の広場の後方だ。しかし、あの辺に<別の岬>などなかった筈だ。いや、ちゃんと確かめたわけじゃない。それに、入道埼灯台は、岬の先端に立っているのではなく、陸地側に入り込んでいる。したがって、灯台の立っている岬を横から撮るには、それよりも、さらに海に突き出ている岬からでないと、灯台と断崖は、ひとつの画面におさまらないはずだ。

なんだかよくわからないまま、灯台を後にして、広場の南西側のはずれまで行った。断崖のすぐ手前で立ち止まった。向き直って、つくづくと白黒の灯台を見た。やはり、断崖などは見えしない。と、さらにうしろにも、もっと草深い、膝あたりまで草の生い茂った、やや海側にせり出した空間がある。背伸びしてみた。行っていけないこともない。

草が、腰のあたりまで生い茂っていたら、さすがに、前進する気にはなれなかったろう。だが、膝の辺りなので、思い切って、その未踏の地に踏みこんだ。ヘビは居ないだろうな。でも、なにか、わけのわからない虫だのクモだのダニだのが、靴やズボンにくっつくかもしれない。やや気持ち悪かったので、ささっと早歩きして、断崖の一、二メートル前あたりで止まった。向き直って灯台を見た。たしかに、灯台の立っている岬の断崖が見える。ただし、断崖の下の海はほとんど見えない。さっきの写真には、断崖の下の海と岩場が写っていた。撮ったのはこの場所ではない。それに、構図的にも、あまりよくない。

そのまま引き返そうと思ったが、見回すと、さらに後方に、やや海に突き出た草深い空間がある。この際だ。何も考えず、草を踏み倒して進んだ。なるほど、ここまでくると、断崖の下の岩場が見える。ただし、その岩場は、灯台の立っている岬の岩場ではなく、手前に見える、幾重にも連なる断崖の岩場だ。

つまり、いま目にしている断崖の連なりが、左カーブしているので、残念なことに、灯台の立っている断崖は、その陰に隠れて見えないのだ。もうこれ以上は、後ろに下がっても意味がない。あきらめた。展示されていた写真の位置取り、すなわち、灯台と断崖と海とが、ひとつの画面におさまる位置取りは、とうとう見つけられなかった。

ただ、新たな発見があった。なぜかチャリが一台、断崖際に止まっていた。あれと思って、辺りをよく見ると、下の岩場へと降りる階段があったのだ。しかし、猛暑の中、小一時間撮り歩きして、やや疲れていた。熱中症にも警戒しよう。草深い坂を、植物たちを踏み倒しながら、足早に戻った。車の中で一息入れよう。

休憩

<15:00 車で休けい 日誌をつける>、とメモにあった。今その時のことを思い出すと、二つの情景が浮かんでくる。ひとつは、夕食が遅くなるので、今のうちに何か腹に入れておこうと、土産物屋の前に行って、店先のメニューなどを見たことだ。<うに丼>とか<海鮮丼>とか、写真的にはきれいで、うまそうだ。ただし、高い!たしか¥2500くらいしたと思う。まずそうなラーメンでさえ¥800くらいした。

隣の店のメニューも見た。同じようなものだ。それに、店の中には誰もいなくて、おばさんが、もう閉店の準備をしている。そばで客がメニューを見て、迷っているのに<いらっしゃいませ>のお愛想もない。腹も、それほど減っていない。高いし、愛想はないし、わざわざ食べることもないな、と思って車に引き返した。

二つ目の情景は、車の中で、手帳にメモ書きしている時だ。ふと前を見ると、ほとんど車のいなくなった駐車場に、でかいバイクが一台止まっていた。いや、爆音を轟かして、どこかからやってきたのかもしれない。とにかく、黒ずくめのライダーが、バイクを下りて、フルフェイスのヘルメットを頭から外した。長い髪が見えた。首を斜め後ろにふって、髪をかき分けている。女のしぐさだ。年齢的には三十代の、大柄な、すこし太めの女性ソロライダーだった。

あれ~と思って、見ることもなく、チラチラ見ていた。黒ずくめの女性のソロライダー、やはり、勝ち気で気の強い、姉御タイプの女性なのかな。ま、あの堂々とした態度は、けっして、おとなしいタイプじゃない。メモ書きしながら、妄想をたくましくしていたが、そのうち、ヘルメットをバイクのサイドミラーにかぶせ、ほとんど手ぶらで、灯台の方へ行ってしまった。

不用心だな。バイクの後ろには、黒いバックが結びつけてあるし、ヘルメットだって、ちょっと失敬、簡単に持ち去ることができる。とはいえ、駐車場にはほとんど車も止まってないし、こんな最果ての灯台まで来て、わざわざ悪事を働く奴もいないだろう。彼女も、そう思ったにちがいない、と思った。その後は、メモ書きに少し集中していた。

そんなに長い時間ではない。そのうち、姉御ライダーが戻ってきた。すぐには出て行かないで、バイクの下をのぞき込んだり、うしろの黒いバックを点検したり、なんだかんだと時間をつぶしている感じだ。なるほど、せっかくここまで来て、すぐに立ち去るというもの、もったいない。男鹿半島<入道埼灯台>に来たことを、じっくり味わい、記憶にとどめておこうというわけだ。

俺が若くて、ライダーだったら、声をかけただろうな、と絶対あり得ないことを思った。いいや、爺のライダーだとしても声をかけたろう。とはいえ、自分がライダーだったら、という仮定は、ほぼ100%あり得ない。というのも、バイクのスピード感が死ぬほど怖いからだ。高校生の頃、友達のバイクの後ろに乗せてもらったことがある。まさに、比喩ではなく、生きた心地がしなかった。ライダーのカッコよさには憧れている。だがバイクに乗りたいと思ったことは、正直、これまで一度もない。<カッコよさ>よりは恐怖心の方がはるかに勝っている。臆病なのだ。

さてと、メモ書きも終わったし、そろそろ行ってみるか。そうだ、断崖の下に下りて、海岸の岩場から灯台を見てみる、という課題が、夜の撮影の前にまだ残っていた。姉御ライダーはといえば、長い髪をかき上げて、ヘルメットをかぶっている最中だ。仕草は女だが、一見、そうと知らなければ、男のようにも見える。女性の体のラインを、黒皮のライダールックが消しているからだ。と、彼女がバイクにまたがった。ブルルンとエンジンが始動した。目の前を、黒いバイクが爆音を轟かせて横切って行った。どこへ行くのだろう、ま、俺の知ったことではないな。

入道埼灯台撮影5

<15:45 さつえい>開始。広場の一番はずれにあるモニュメントを目印にして、草深い中を歩いて行った。断崖際のチャリは、まだそこにあった。数メートル左に、岩場に下りる階段がある。だいぶ老朽化している。ゆっくり下りて行った。

断崖の下に下りた。目の前には、大きな岩が海の中に幾つも並んでいて、水平線を遮っている。砂浜はほとんどなく、岩が凸凹していて、その間に石がごろごろ転がっている。歩きづらい。断崖は、下から見ると、かなり高くて、そうだな、二、三十メートルはある。ところどころ岩が露出しているものの、ほぼ緑に覆われていて、柔らかな感じがする。

ただし、灯台は、どこにも見えない。なるほど、このうねうねとした緑の断崖の影に隠れている。とにもかくにも、前に進むほかない。午後の四時前後だと思うが、日差しが強くて、暑い!できれば、無駄な歩行はしたくないと思った。でも、灯台の見える所までは行く、という意志が勝った。下を向き、平らなところを探しながら歩いた。

うねうねした断崖の波が切れた。と、そこには、別の断崖が連なっていた。見上げた。灯台は見えない。断崖との距離が近すぎるのだ。海の中にある大きな岩の上に登って、伸びあがった。だが、それでも灯台は見えない。ややうんざりしていたが、さらに進んだ。もういいだろうと思い、また海の中の、さらに大きな岩に登った。たしかに、灯台は見えた。ただ、上の方がちょこっとだけだ。まったくもって、写真にならない。

あ~~あ、まったくの無駄足だった。だいたいにおいて、<入道埼灯台>は、岬の先端に立っているわけじゃない。かなり陸地側あるのだから、断崖の下から見えるはずがないのだ。ちょっと考えればわかることだろう。チェ!

戻った、ま、辺りの景観は、それなりに素晴らしいので、多少の慰めにはなった。と、彼方向こうの岩場の上に、人影が見えた。誰だかは、すぐにわかった。自分の後から、階段を下りてきた熟年の男女だ。彼らのことは、何度も目撃している。一番初めは、<ゴジラ岩>からの帰り道、展望のいい駐車スペースで。不釣り合いなカップルで、夫婦でも恋人関係でもなさそうだなと思った。

二回目は、灯台の駐車場だった。二人して土産物屋で食事をした後、灯台の方へ向かっていった。男の方は、俺と同じくらいの爺で、それ用のベストを着こみ、手にドローンを持っている。女の方は、爺よりはやや若い感じで、品のいい格好をしている。雰囲気的には、付き添いというか、ドローン撮影の見物、といった感じだ。

ようするに、<入道埼灯台>をドローンで撮りに来た男女だ。これ以上の詮索は無用。どうということもない。勝手にやってくれ。そんなことを思いながら、階段を登った。下りる時はなんでもなかったが、一気には登れず、途中で一息入れた。と、階段下の大きな岩陰に、身を隠すような感じで、やや若めの男が座っていた。

はは~~ん、あいつが断崖際に置いてあったチャリの持ち主だな。それにしても、あんなところで、何をやっているんだ。一瞬、<クスリ>でもやっているのではないかと思った。ま、それも、どうでもいいことだ。とにかく、車でひと休みしよう。駐車場へと向かった。暑い中、灯台や断崖を上り下りしたにもかかわらず、さほど疲れていなかった。自分のことながら、これは意外だった。

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