見出し画像

<日本灯台紀行 旅日誌>2022年度版

<日本灯台紀行 旅日誌>

第13次灯台旅 清水編

2022年9月25.26日

#2 一日目 2022-9-25(日)

清水港三保防波堤北灯台撮影1

当日は朝五時に起きて、六時過ぎには出発した。二代目ベゼルでの高速走行は今日が初めてだ。気持ち的には、すこし抑えて走ろうかなと思っていたが、いったん高速に乗ってしまえば、車の流れというものがあり、たらたら走るわけにはいかない。すぐに100キロくらい出てしまった。走行安定性も静粛性も、一代目ベゼルよりはすぐれていると感じた。

あと問題になるのは、120キロ以上出した時の感じだが、これは、<新東名>に入って試してみた。<新東名>は、おそらく日本ではじめて、普通車最高速度を120キロにした高速道路だ。120キロ出したとしても、違反にはならない。とはいえ、スピードは苦手だ。そんなに速く走らなくてもいいではないか。で、二代目ベゼルの120キロ前後の感じだが、これは、一代目と大差ないような気がした。車格としても、このクラスの車の限界なのだろう。だが、問題はない。120キロというスピードは、追い越す時に、瞬間的に出すだけだ。

さてと、いつものように、一時間おきくらいにトイレ休憩をした。西に向かう時には、<圏央厚木>次に<駿河湾沼津>がお決まりになっている。どちらのパーキングにも、朝っぱら、人がいっぱいいて、行楽気分で盛り上がっていた。<コロナ>なんか関係ない!俺だって、晴れた休日を、たまには楽しみたいのだ。

<沼津>から<清水>までは、あっという間だった。高速を下りて、清水区の市街地を抜け、<三保の松原>方面へ向かった。自分にとって、<清水>は、<次郎長>と<ちびまる子ちゃん>の町だが、実際には、漁業関連のかなり大きな街だった。

<三保の松原>に、ちょこっと寄って行こうと思って、事前にナビに指示していた。だが、なにやら、前回来た時とは、違った道を案内されているようで、しかも、しだいに道端も狭くなる。不安になって、大通りにあっさり戻った。<三保の松原>は、ま、パスだな。

道路際にファミマの看板が見えたので、ハンドルを左に切った。多少便意をもようしたのだ。しかしながら、入口に、断水でトイレは使えません、との張り紙があった。この時はピンと来なかったが、午後にもう一度、海岸に近い方のファミマに寄った時にも、同じような張り紙があった。その時には合点した。この日、台風の影響で、清水区は広範囲で断水していたのだ。よりによって、日本でただ一か所?断水している地域へ、わざわざ乗り込んできたわけだ。ま、これもなにかの<めぐりあわせ>だろう。

信号機についている交差点名が、眼の上の方でちらっと見えた。たしか<三保の松原>とあった。瞬間的に右を見ると、見覚えのある道路だ。あの道だったなと思った。だが、すでに気持ちはさめていて、引き返す気にはなれなかった。

さらに大通りを進んでいくと、観光客用の有料駐車場やら、博物館やら土産物屋やらが見えた。ちらほら人の姿も見える。ああ、思い出した。一見して行き止まりに見えるが、実は右折できて、そのまま行けば、海岸沿いの広い駐車スペースに出られるのだ。

有料駐車場の誘導員を横目に見て、砂利道の松林の中に入って行った。すぐに二股になる。方向から言って、左でしょう。車一台やっと通れる悪路だ。今度は右にハンドルを切って、藪の中に入る感じで、斜めに土手を登る。と視界が開けた。海岸沿いの細長い駐車スペースで、縦に、二列に車が止められるくらい広い。海に向かって、車がかなり止まっていた。

来たことがある筈だが、記憶が全く蘇ってこない。そんなことはどうでもいい。目の前の富士山を見た。青空の中、上の方にくろっぽい三角形が見えた。おそらく八合目あたりだろう。その下は、もくもくの雲でおおわれている。灯台はと言えば、海の中の防波堤の先にちょこんと立っている。構図としては、左上に富士、右下に灯台で決まりだろう。ただ、灯台とカブるように、沖合に大きなコンテナ船が止まっている。動く気配はない。邪魔だよなあ~。

とりあえずは、下見方々、カメラを二台、それぞれ斜め掛け、肩掛けして、海岸に下りた。駐車場からは、タイル張りの段々があり、その先が少し砂浜になっている。波打ち際には、ところどころ、ゴミや流木が堆積していた。これは台風の影響だろう。日差しが強くて、強風だったが、目の前が開けていて、心地よかった。

木の根っこなどの堆積物前で、富士山と海と灯台とへ向かって、写真を撮っていた。と、左の方で、黄色いポロシャツの爺が、堆積物を杖のようなものでかき回している。左手が不自由なようで、指が歪曲している。平たい、真っ赤なガソリンの携行缶を見つけたらしく、手前に引き寄せている。蓋を開けたのだろうか、心なしガソリンの臭いがする。

シカとして、撮り続けていると、近寄ってきた。沖合に停泊しているコンテナ船を眼で示して、いつまで泊まっているんだろうな、邪魔だよね、と話しかけてきた。邪魔?ひょっとしたら、この爺さんは、元気なころに写真を撮っていたのかもしれない。沖合のコンテナ船が邪魔だと思うのは、この位置から富士山を撮っているカメラマンしかいないだろう。適当にあいずちを打って、そのあと、二、三言、言葉を交わした。爺さんは、こちらの雰囲気を察してか、拾い上げた真っ赤な携行缶を、大事そうに抱えて、すぐに離れていった。あんなものをどうするのだろう。すこし足を引きずっているようにも見えた。

炎天下での、久しぶりの写真撮影で疲れた。小一時間ほどで、駐車場にもどった。強い日差しで、暑い。車の中で、ひと寝入りしたい。とはいえ、カンカン照りの中では無理でしょ。日陰になっている端の方へ車を移動した。ふと思いついて、車のドアガラスに、黒いメッシュの虫よけカバーをかけた。こうすれば、蚊の心配なく、窓を少し開けたままで休むことができる。

後ろのドアから、車の中に滑り込んだ。一代目ベゼルの時は、運転席から、フラットにした仮眠スペースへ、運転席と助手席のシートの間をすりぬけて移動したこともある。だが、狭いので、体を無理に折り曲げる必要がある。二代目ベゼルは、その幅がやや広くはなってはいる。だが、窮屈な態勢で移動することに変わりない。考えただけでも、しんどいので、いまだに一度も試していない。老化が確実に進んでいるわけだ。もっとも、後ろのドアから、比較的すんなり入れるので、その必要もないだろう。

エアコンをつけっぱなしにして、日除けシェードも耳栓もしないで、横になった。かなり疲れていた。ひと寝入りして午後の撮影に備えよう。肘枕して、目をつぶった。車のアイドリング音が少し気になったものの、体感的にはさほど暑くはない。静寂はすぐに訪れた。そして、ほどなく、うとうとしている自分に気づいて、目がさめた。ほんの一瞬だったような気がする。だが、頭が軽くなっていて、元気になったように感じた。ちょっとでも、うとうとできれば、疲れは取れるものだ。してやったりの持論で、気分もよくなった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?