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帰宅部のエース(仮)【短編小説1/4】

”五月病と不在着信”が佳境に入ってまいりますので、少々お待ちください。
その間に、こちらをどうぞ。エッセイと小説の間を目指しております。ちなみに、猛スピードで書いていますので登場人物の名前が適当です笑

1 助演女優賞

「あっ、田口さんだ!」
後ろから同級生の声がする。お願いだから、話しかけないで。
「ねえ、1人で日傘なんて差しちゃってさ、一緒に帰ろうよ」
友達いなくて何が悪い。ひとりで帰って何が悪いんだよ。
「あ、うん」
誰だっけ、この子。ギリギリ名前が思い出せない。誰のストーリーにもいるんだけどな。
「田口さんってなんか呼びづらいから、千春ちゃんでもいい?」
はい、ナイスパス。あんまり知らない子だけど、パスありがとう。
「いいよ。私はなんて呼べばいい?」
ここは貰ったボールを繋げなければ。
「うーん、なんでもいいよ」
アプリが自動シャットダウンされるみたく、頭がショートする。
「えー、なんかあるんじゃない? 愛称みたいな」
「ハンギョドンかな」
悪口ではないのか。いいのか、それは。
「それは酷くない?」
「いや、私が好きなだけだし、それに私って離れ目だから」
結局、本当の名前に近づくヒントがないまま5分ほど歩いてしまった。相手に話を合わせておけば、名前を言う必要も知らないふりもできる。
「千春ちゃんって近寄りがたいイメージあったけどさ、めっちゃ話しやすいね」
「ありがとう」
話しやすい土壌を用意しているだけだ。環境を整備しただけ。私がどういう人間なのかとかは関係ない。相性を良く見せることさえできれば、勝手に話しやすいとか優しいとかのラベルが貼られる。

「あ、これSSRのじゃん。売ったら高いよ、絶対」
遊戯王カードが公園の茂みに捨てられている。札束が捨てられているようなものだ。
「持って帰りたい」
「え、一儲け?」
「ううん」
なんだろう、この気持ちは。勝手に体が震える。
「何、泣いてるの? 大丈夫? なんで?」
この子とは少し合わないかもしれない。私にズカズカ入り込まないで。入り込むのは好きでも、入り込まれるのは苦手。
 カードを買った子がどういう気持ちで捨てたのか、ただ落としただけなのか。まだ濡れたり、汚れたりしていないから日も経っていないのだろう。仕方なく捨てたのか、故意に捨てたのかはわからない。節税とか、目的があるのかしら。大人が買った可能性もある。そうなると、カードが可哀想。
 人よりも、カードの気持ちが気になる。大切にケースに入れて保管されて、家宝になるか、売りに出されるか。売られるのも真っ当な価格がつくなら本望な気がする。ただ、そんな望みが叶うことなく、公園の木の下に葬り去られてしまうなんて。考えるだけで、辛い。
「面白いね、千春ちゃん」
笑かそうとしているわけではないのだけれど。
「じゃ、私この辺で」
言い放つように、”あの子”は手を振って走っていった。

 また、合わないと思ってしまった。だから、友達が少ないのだ。でも、いいじゃん。秋葉あきはいるし。
「ねえ、誰だと思う?」
「どうでも良くね? その情報だと、つまんなそうとしか思わんし」
「たしかに、面白くないというか意味がない感じだったかな」
秋葉は特に慰めるとか、フォローしてくれないけれど話を聞いてくれる。フラットにプレーンに。
「っていうかさ、新しい英語の教師どう? うちのクラス、明日初めての授業なんだけど」
「やばいよ? 熱血というか、漂う体育教師感」
私たちが最も苦手としている種族。自分たちに入り込んでこようとする人々。依存してくる寄生虫タイプも、突き刺してくる紫外線タイプも大嫌い。
深雪みゆきちゃんが当てられて困ってるの見てて、トイレで泣いちゃった」
「あんたさ、トイレで泣くのやめな? いつか誰かに目撃されるって」
それができたら、私だって悩まない。学校でどうしようもなく感情移入してしまったら、心が動きすぎてしまったら、どうすればいいの。何が正解なの。秋葉はわからないでしょ。一緒に帰った”あの子”にも、絶対理解できない。私は同じような人に出会ったことがない。
「だってさ、深雪ちゃんが答えられなかったら、大きな声で違うって叫ぶんだよ。最悪すぎたね、あの教師」
「嫌だな。うちも答えられないだろうし」
「深雪ちゃんのことは相談してみるけどさ」
っていうかさ、とまた、しょうもない話題に変える。

―—自分と他人の境目、ちゃんとつくらないと。

わかってるよ、秋葉。あなたが何度も言うことが頭の中で響く。人に動かされ続けるなんて、秋葉にとっては馬鹿馬鹿しいよね。
夏帆かほがね、修学旅行のグループ入りたいんだって」
「どんな子だっけ?」
夏帆ちゃんは秋葉のクラスメートだったはず。秋葉が連れてきた子は絶対に、どこかへいなくなる。不思議なほどに、理由はわからないけれど。三人グループは上手くいかないというのもあるだろう。
「私もさ、深雪ちゃん誘いたいんだけど、いい?」
おけおけ、と秋葉はスマホから離れる。
「夏帆ちゃんと深雪ちゃんで上手くできるかな? そもそも、三人以上ってルールがナンセンスなんじゃない?」
「それな。先生たちもさ、わかってんじゃん偶数が良いって。でも、わざわざ三人グループをつくらせるのは罠っていうか、試されてるんじゃないかな」
本音を言えば、秋葉と私で班を組めたらいいのだが。夏帆ちゃんと深雪ちゃんがいたところで、人数合わせにしかならない可能性もあるし。
「ちーちゃんさ、深雪ちゃんと仲良いよね」
「仲良いっていうか、感情移入しちゃうんだよね」
またかよ、という顔をする秋葉。きっと、呆れられている。

 深雪ちゃんが微笑んで頷いている光景は、鏡を覗いているような感覚へ引きずり込んだ。
 深雪ちゃんは学校では話せない。緊張して声が出せないのだという。でも、遊びに行ったら喋って意気投合した。ただ、学校で話せないから友達っぽい人があんまりいない。私や秋葉と同じように、グループづくりに苦労する。
 深雪ちゃんが笑うことしかできないのは、声が出せない代償というより、相手を困らせないためだと思う。リアクションを大き目にして、性格に相手に伝達するため。無理しているように見える瞬間があって、私はまたトイレに駆け込む。相手の都合のいいように、何でも演じる。いい人と思われるように。

 だめだ、また感情移入。人と一緒に居すぎたら感情移入して自分を見失ってしまうようでならない。役に喰われてしまう。外側から侵食される。深雪ちゃんとの境目がわからなくなってしまっては、離れる羽目になる。それだけは、避けなければならない。

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