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【短編小説1/4】五月病と不在着信(仮)

1 オトナチック

 一番上のトークルームから順番に退出していく。その次は個チャで全員をブロックしてから会話内容を削除する。ホーム画面に戻ってアイコンを長押しし、必死の抵抗を試みてブルブル震えるアイコンを眺める。申し訳ないけど消えてもらう、とバツ印をタップした。ふーっと肩の力が抜けて、服の山に沈み込む。
 リセット完了。
 ホーム画面からインスタを探し、開く。電話でもしようかな。相手はワンコールで出てくれる。
「りょーちゃん生きてる?」
「開口一番、生存確認やめろ?」
「だってさー、うちは死にそうだったんだもん」
電話の向こうでは呆れたようなため息がエコーする。
「そこ、どこ? めっちゃ響くじゃん」
「風呂だけど」
会話が四方八方に飛ぶ。あれ、私って何話そうとしたんだっけ。
「そうそう、私、今日LINEの連絡先全部消した」
「何してんねん。あ、何してんの? 何回目?」
りょーちゃんの久しぶりの関西弁。お風呂だから気を抜いていたのだろうか。でも、すぐに訂正する。本人は相当気にしているようだ。
「どうだろうね。なんかもう、学校行くのやめよっかな」
「それは自由だけど、学校行かない人生の方がむずい可能性もあるぞ?」
りょーちゃんは咳き込んだ。やべ、シャンプー口入ったわ、と冷静に呟く。
「しんどいだけじゃん。クラスメートガチャと担任ガチャ、見事に外した。今後一年の命運がそれにかかってるのに、引き悪かったらだるいって」
「まあ、教室の隅っこで本読んでたらええ……いいんじゃない?」
「キャラじゃないじゃん。活字苦手だし」
ネット小説しか読めない。なんか夢小説とかも飽きたし。勉強したり、読書したりするのは何か違う気がする。私の性に合わない。スマホでTwitter漁っているときが一番アドレナリン出るし、Berealの通知がこの世で一番好きな音。Instagramは学校の知り合い全員をミュートにして、芸能人のストーリーしか表示されなくなってから心地が良い。学校にスマホ持ち込みできない時点で、私ができることは決まっているようなものだ。比較的、好きな先生にダル絡みするか、黒板に落書きするか。
「関わるとしんどくなるんだったら、距離置くしかないだろ。俺もリア友いないし」
「それな。私もネット上にしかいないかも」
ちょ、切るわ、と通話の品質を訊いてくる画面が出てきた。何の意味があるんだろう、と毎回思う。
「ごめん。ドライヤーしてたわ」
必要ないでしょ、と即レスしたけれど、りょーちゃんがロン毛の可能性もあるか。意識高かったらマッシュルームカットでもするかもしれない。
「まあさ、ゴールデンウィークまで頑張ってみよや。お互い」
「一か月頑張れ、だと? 頑張れって言葉死ぬほど嫌いなんだよ、わかるでしょ?」
「死ぬって簡単に言うな。病んでるアピやめろ。だるい」
りょーちゃんは急に距離を詰めて、急に離れていく。扱いが難しい。だから、友達少ないのだろうけど、私には言えることではない。

 私は右向け右ができない。小学一年生の頃から刷り込まれる集団行動に向いていない。みんなが黙っているときに喋り出してしまうし、みんなが静止していたら動きたくなってしまう。
 教室は2Dだ。授業中は椅子から誰も立ち上がらない。教師だけが黒板に文字を書きなぐり、それをノートにコピーするだけの私たち。手を挙げるターンと話を聴くターンがわかれていて、それ以外で質問するのは授業を中断させてしまう。
 それに、早く気づけばよかった。
「先生、これ暗算でできるよ? 私、そろばん習ってたし、筆算使う必要ないじゃん。このくらいだったら、暗算の方が早いよ」
「佐々木さん、今は先生が話すターンだからね。暗算でできても、まずは筆算を使おうか」
教室が静まり返ったらしい。というのも、後で周りから聞いた。その担任は言い方が優しいだけで、丸め込もうとしてきた。
「なんで頭の中でできることを、いちいち紙に書かなきゃいけないの? そうだよね?」
クラスメートの総意を代弁しているつもりだった。正直、気持ちよかった。
「あのね、佐々木さんは算数得意かもしれないけど、苦手な子もいるの。そのために筆算をやってるんだよ。それに、先生はいいけど、今こうやって佐々木さんのために授業止めてるよね? 他の子は集中して授業聴いてたかもしれないのに」
あのときの若い女性教師の顔、今でも忘れない。私は別に怒ってないけど、と言う人にまともな人はいないと知っている。完全に話が通じない相手だな、と確信した。その瞬間、拍車がかかるように思ったことが口から飛び出てきた。
「つまんない。先生のせいで算数嫌いになるかも」
そんなようなニュアンスのことを言ったのは覚えているけれど、詳しくは思い出せない。後から聞いた話によると、相当喋りすぎていたようだ。
 それを両親に自慢げに話せば、只事ではないと立ち上がった。挙句、学校に殴り込みに行ったらしい。そこから妙に担任が注意しなくなったのも、私が通る度にクラスメートがひそひそ話し始めるのも、そのせいだ。いや、私が悪いのかもしれない。

 目を背けて、見ないようにしていたのに教室に入れば高確率で思い出す。もう小学生ではないのに、小学校と同じメンツもいるからだろうか。
 中学生になったら、「浮く」という感覚がわかるようになってきた。喋りすぎていることも、クラスメートとの隔たりも。学校の人たちは中途半端に優しいから、表立ったいじめはしてこない。ただ、私を浮かせているだけ。水面に浮かべて、空から天敵が襲ってくるのをじっと待っているだけだ。でも、その天敵も来ない。存在しないのかもしれない。トドメを刺されていないだけで、私を排除する空間は完全に出来上がっている。そのこと自体、私がいなくてもいい理由になっている。

 ゴールデンウィークまで、なんて無理だ。その前に一発K.O.、試合終了。五月病が私を襲ってくるに違いない。きっと、りょーちゃんにも。私たちの天敵は、五月病なのかもしれない。

To be continued…

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