見出し画像

ドームのセンステから飛び降りる。【第6話】

「私、澪が好きだから」
「ありがとう」
澪もまさか恋愛的な意味だとは思っていないだろう。だから、言葉って無意味だと思う。
「じゃあさ、私が女の子も好きになれるって言ったらどうする?」
「羨ましいよ」
眠いのかふわふわした声で澪が言う。
「それを踏まえて、もし私が、澪が好き、って言ったら?」
表情が見えないからわからないけれど、たぶん困惑している。しばらく、間が空いた。
「そのときは、解散かもね」
それを言ってから、澪は寝息を立てた。
 解散か。私たちってグループだったんだ。また一つ、知りたくなかったことを知ってしまった。自分が好きになれない相手に好意を持たれたら、もうそれは関係を切るしかない。そうやって、何本も線を引いて澪は自分を保っている。別に、それを否定したり憎んだりはしない。ただ今は、質問してしまった私自身を酷く睨みつけたい。
 生産性がない、なんて言われなくてもわかってたよ。ただ、その言葉だけで知らなくてもよかったことを知る人がどれだけいることか。澪も私も、それ以外にも傷ついた人がいるはずだ。同性愛とか、異性愛とか関係なく、恋愛という行為を汚していると思う。
 その議員の子どもは、なんて思うかな。私と同じような思いをしているのだろうか。
 澪が泣いている。夢の中で泣いている。
 彗は澪を泣かせる。だから、いつも澪は泣きそうな顔をしている。澪のお母さんも、クラスメートたちも、この世界が澪を泣かせているのだ。私もそれを見て泣く。
 菜々子の涙を見て、美しいと思ったことは一度もない。汚らわしいとか、どうせ嘘だろう、としか思っていなかった。でも、澪の流す涙は美しい。あの子の涙が、世界を潤す日がくるのではないかと本気で信じた。でも、できるだけ泣いているところを見たくない気もする。
 
泣いたって
 何も変わらないって言われるけど
 誰だって
 そんなつもりで泣くんじゃないよね
 
 そうだよね。澪も菜々子も何かを変えたくて泣いているんじゃない。今なら宇多田ヒカルと会話できる気がする。時間が経てばわかるのかな。
 ひとりぼっちは寂しい、悲しい。誰が教えたのか知らないけれど、私たちの中に潜在的にある価値観だと思う。だから、ひとりにならないように頑張って友達をつくろうとする。パンセクシュアルとか、アセクシュアルとか、そういう少数になりやすい人たちを括ってひとりにならないように名前をつけた人がいる。たしかに、その人のおかげで一から言葉で説明するよりは格段に楽に公表できるようになったのかもしれない。ネットで調べれば、すぐにでてくるし。
 でも、私たちが本当にしたいことはそうじゃなくて。ひとりでも寂しくない世界に行きたいのだと思う。いや、そういう人になりたいのだと思う。そして、ひとりぼっちは寂しいという既成概念を壊したい。
 まさに、私と澪みたいだ。私たちなら、今より広いところに出ていける気がする。澪や私が泣かなくても済むように、誰に括られなくてもいいように。
 寝ている澪の頬にキスした。チョコの味がした。歯を磨いたはずなのにな。
 いつか、澪に想いを告げる。でも、きっとその日がこの関係の命日なんだよな。
 
To be continued…

この記事が参加している募集

眠れない夜に

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?