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ドームのセンステから飛び降りる。【第10話】

「別れんの? 田中と?」
「うん」
その話、他の人にもしたんだ。心の声は、心に仕舞ったままにする。私が欲張ってはいけない。たとえ、私との会話が誰かとする会話のリハーサルでしかなくても、私はそれで構わない。一番にしてくれることだけで喜ばなくちゃ。私には友達が一葉ちゃんしかいなくても、一葉ちゃんには沢山の友達がいるのだから。私の分際で、嫉妬してはいけない。
「早く座れよー」
誰だっけ、たぶん生徒会の人。
「うっわ、コミュ英だっる」
たぶん、一葉ちゃんの連れの子。私も気が進まない。隣の席の子とはコミュ英でしか喋らないし、一葉ちゃんのように群れを率いる側の人だからだ。
 意思とは反して、授業は進んでいく。
「ハウアーユー?」
「アイムファイン、センキュー」
気まずい。いや、私が気まずくなってどうする。向こうの方が百倍気まずいだろ。
「OK. Take a sit.」
その合図で席についた。全員が一斉にそうする様子が、先生がハリーポッターの呪文を言っているみたいだ。ここはホグワーツですか。それともハッフルパフですか。
本当はもっと喋れるけど、敢えて英語が苦手なフリをする。なんとなく、ここでペラペラの英語を披露したとしても、引かれるだけの気がする。
「アイ エスペシャリー ライク 椎名林檎」
先生以外、皆日本語で話しているようなものだ。私のように、敢えて日本語の発音にしている人もいるだろう。だから、嫌いなんだ。この時間が。それこそ生産性がない。
 もっとレベルの高い授業をしてくれ。割と進学校だと思ったから入ったのに、いざ授業を受けてみれば難しくないし、全員暇そうにしている。でも、教師はそれにほとんど気づいていない。気づいていたとしても、気付かないフリをしている。だから、少し問題行動するひとが多くなっているのも事実。早弁する人もいれば、内職している人も結構いると思う。
 早くライブに行きたい。苦痛なほど退屈なときとか、耐えがたい孤独を感じたときは、都合よく彗のことを考える。そうだ、私にとって彗はただの都合のいい人だったのだ。
 
 *
 
 もう元は取れている。ライブがあるという口実で、様々なことを我慢できる。表に出ていきそうな不機嫌を少しでも和らげて、変な顔をしないようにできる。人に優しくできる。お洒落をしたり、美容に気を遣ったりするモチベーションができる。そうやって一カ月を過ごすことで、もう元は取れている。
「すごいね。なんか、思想が。本当に宗教だよね。そういうの」
スカートの裾を揺らして、一葉ちゃんが言った。
「一葉ちゃんこそ、宗教っぽくない? 皆に崇められてる」
「いや、あっちが勝手に奉ってるだけ。私はそんなに偉くない」
私はもう男装をしていない。男の子になり切らないと、素の自分をさらけ出す感じが裸を見られることに等しいと思ったから続けていた。でも、もう今はそんなに怖くない。一葉ちゃんが信頼できるから。
「そういえば私、別れたよ。翔吾と」
そうなんだ、と言いながらクレープを食べる。
「そんなに悲しんでない感じだった。予想されてたのかな」
「そんな鋭い人には見えないけどね」
「意外とそうだったりするんだよ。私たちが演じたり、嘘を吐いたりするように男子もいろいろ考えてると思う」
それは嫌だな、と言った。ただでさえ女子の人間関係は複雑なのに、男子もそうだなんて、一生男の人と関われない自信がある。
「ねえ、学園祭の打ち上げ行く? 来週だけど」
「行くわけないじゃん」
一葉ちゃんは予想していたように軽く頷いた。
「私も行かない。つまらなそうだし」
「一葉ちゃんは行った方がよくない?」
私の自由でしょ別に、と珍しく消極的だ。いや、いつもの一葉ちゃんはこんな感じだ。ただ学校ではアクティブなだけ。でも、それなら尚更行った方がいい気もする。
「人狼と王様ゲームだよ? 合コンかよ、って感じでしょ? 行かない方がいいな」
王様ゲームは空気が悪くなりそうだけど、人狼は楽しそう。でも、私が行ったところで盛り下がるのはわかっているからやめる。全員が喋れない空気にするのは御免だ。
「一葉ちゃんは人狼好きじゃないの?」
嫌い、と言いながら一葉ちゃんは道端に落ちていた小石を蹴った。
「なんか人を疑って何が楽しいんだろう、って冷めてからつまらなく感じるようになったんだよね。それに、人狼って社会の縮図みたいだからさ。なんかね」
それはわかる気がする。
「考えてみれば、私も人狼みたいなものだと思うの。現実でね。善良な市民のフリをして、真っ黒な腹の中を隠して、平然と生きてる。でも、それがいつかバレるんじゃないかってドキドキして気が気じゃなくなるときもある。占い師みたいに本性が見える人もいるし、市民みたいに何の憂いもなく自己主張できる人もいる。考えてみれば、人狼って圧倒的に市民側が有利だと思うんだよね」
「たしかに。あんまり人狼側が勝ってるところ見ないかも」
「人狼役は大体一人か二人しかいないのに、市民側にはその数倍の人数がいる。それを相手に、ただ夜のターンで人を殺すことしかできないんだよ? おかしいよ」
私たちは人狼か。何となくわかる気がする。今でこそ、素の姿で会えている。けれど、前までは学校での姿が素ではないから、素の自分で会うのが気まずかった。
「私、ダサいことが嫌いなんだよね。ダサくなりたくなくて。でもさ、人狼で持論ぶちまけてさ、全然喋ってないあいつが人狼だ、とかさ言うのってダサくない?」
「間違ってたらダサいかもね」
一葉ちゃんは首を振った。
「間違ってなくても十分ダサいと思うんだよ。鼻の穴大きくして、自信ありげに人を侮る人の顔ってダサいんだよ。だから、嫌いだね」
それだけ言い放って、一葉ちゃんは服屋さんに入っていった。

To be continued…

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