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【短編小説2/4】五月病と不在着信(仮)

2 深夜高速

 TwitterがXになった日、アップロードでアイコンが変わった日。私の居場所がまた一つなくなっていくような気がした。青い鳥は友達だったのに、飛び立っていった。ラリーバード。りょーちゃんも私も、旧称で呼び続ける。Xだよ、と訂正するのはご法度だという暗黙の了解がある。
「じゃあ、名前書きに来て」
担任が手を叩く。中年の男性教師で怒鳴る声が大きすぎるから嫌いだ。
 学級委員の選挙も、委員会と係決めも私に関係ない。余った枠に当てはまればいいだけだ。クラスメートの名前で埋まっていく黒板見上げる。勢力図のようで、私に残されたスペースはほんの少ししかない。それよりも、今週のコーナーメールを考えなければ。

 今日の放送回は自己紹介についての募集。修学旅行なんて気が乗らない。私だけだろうか。でも、あらかたラジオを聴いている人たちなんてそういう人種だろう。昼夜逆転して、社会からはみ出た人たち。もしくは、順応しようと精一杯笑って過ごして、夜だけ気を抜きたい人たち。
 りょーちゃんと出会ったのも深夜ラジオだった。りょーちゃんはぼちぼち採用されるレベルのはがき職人で、私もたまにツイートを読まれる。りょーちゃんは21歳フリーターを装っていて、私はそのまま中学生として活動している。だから、今回のテーマも中学生らしさを出していった方がよさそうだ。

 玄関にリュックを放り捨てて、りょーちゃんに電話をかける。
「りょーちゃん生きてる? 今日のラジオ聴くよね?」
「うん。メールスタンバってる」
流石にもうツッコミを入れてこないか。
「こっちもストックしとく。あと、もうそろ五月病になるわ」
「まじかよ。抗えず?」
「私、去年引き良かったのに一週間休んだんだよ。今年はもう二週間決定したようなもんだわ。一か月の半分行けない」
こっちは必死なのに萎えるわ、とりょーちゃんは低く言う。私の予想するりょーちゃんの見た目はバンドマンのような感じ。
「だって合わないんだもん。部活飛んで終わったし」
「出た、女バス幽霊部員。毎回飛んでるだろ」
「そろそろ仮病使えないよね。お母さんも心配すると思う」
髪を人差し指に巻き付けながら、テレビをつける。お昼の情報番組は芸能人のゴシップを面白おかしく報道していた。推しじゃないなら興味ないしな、と電源ボタンを押す。
「そりゃダメだ。あなたの両親、親バカじゃん」
どれだけモンスターペアレント化しても、愛だけは受けてきたはずだ。私に向けた飴が他人へのむちになる。愛が刃に。お母さんもお父さんも盲目だから、そうなってしまっているだけだ。喋り出したときの私のように。娘からすれば、良い親だと思う。
「うーん。世界ランキング35位くらいかな」
「それ、結構だよ? 世界甘く見すぎな。あと、甘やかされすぎ」
そうね、とソファへ寝そべる。
「学校行け、って頑なに言ったらつまらないだろ? だから、ゴールデンウィークに東京行くわ、俺」
「は? それこそ、両親心配しないの?」
「ないだろ。中二男子が一人旅したところで」
「え、会おうよ」
あのさ、とりょーちゃんは半笑いする。
「いいけど、俺がまだ21歳フリーターの可能性あるよ? むしろ、それより年上のおっさんとか。ネッ友信用しすぎんなよ」
「それなら私がおばさんの可能性もあるでしょ」
おばさんがあなたみたいな口調だったら痛いわ、とりょーちゃんの笑いが沸点に達した。
「まあ、そうかもしれないけど。でも、私もりょーちゃんのツイートがどうしても同世代としか思えないんだよな」
「それはいいって」
 りょーちゃんがラジオで送ったメールや普段のツイートを漁っていたとき、明らかに引き出しが21歳ではなかった。おかあさんといっしょのキャラクター、NHKのアニメも私が小さいころに観ていたものだった。たった8歳詐欺しているだけだけど、子どもが一人うまれてから小学校に入学するまでの年月だ。それなりに流行りも番組表も変わる。
――ほんとに21歳? その年代だったらぐ〜チョコランタンとかモノランモノランが放送されてたはずだしポコポッテイトは私がよく観てたからなりすましきしょ
 マジレスリプしたところ、マジでお願いだから消してくださいと送られてきた。そこからなんだかんだ、毎日通話するくらいになってしまった。カップルくらいの頻度だが、お互いを少しだけ見下している。そのおかげで恋愛に発展する見込みはない。
「旅のアイテム、ラジオのノベルティでそろえるわ」
「相当な数の番組聴かないとダメじゃん。大体ステッカーとか、Tシャツだし。鬼ダサTシャツだったらどうするの」
「冗談だって。でも、今日のは記念ステッカーだからもらわないと」
それは、私もわかっている。だから、数日前からずっと考えているのだがいい案が浮かばない。
「今夜は本気でね」
電話が切れた。

 部活を飛んだせいで時間が無駄に余る。暇つぶしのための趣味が増えすぎた。InstagramのDMは三週間放置したメッセージが溜まり続けている。それでもリールしか観ない。時間が溶けてゆく。

「それではお聴きください。フラワーカンパニーズで深夜高速」
自分では定期的に聴くけれど、推しが紹介していたら心配になる。モンスターで喉を潤す。
「今週のステッカーは広義で社不。にプレゼントかな?」
 SEが流れる。推しの限定ステッカーは熱い。はがき職人を始めて、最もやりがいを感じた。
 りょーちゃんに勝った。五月病には無事に負けた。ステッカーが届く頃、私は自室から出ることもままならなかった。

―—3件の不在着信

久しぶりに開いたLINEに、メッセージが何件も入っていた。主要な人以外はブロックしているのに。それでも、まだ既読は付けられない。
「りょーちゃん?」
改めて電話してみても、ワンコールで出てくれない。
「ねえ、りょーちゃん?」
深夜の自室に、それだけが響いた。

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