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ドームのセンステから飛び降りる。

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——生産性ないからさ? っつーか、気持ち悪くない? とある政治家の失言によって4人の人生を変えてしまう。 現代に蔓延る過激なファンとその推し、そしてその周囲の人々……。果たして、… もっと読む
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記事一覧

ドームのセンステから飛び降りる。(16)

ドームのセンステから飛び降りる。(16)

「でも、今でもファンの方が僕のことを忘れないでいてくれるっていうのは、嬉しいことですね」
「そうですね」
それも、そうだ。鈴木さんがアイドルを辞めて、三年が経つらしい。というか、この病院に通院するようになってから三年が経つみたいだ。
 折り鶴を持ってくる女の子も、三年間ずっと鈴木さんのことを想っているのだろうか。たとえ、過去のテレビを見られるけど、リアルタイムの鈴木さんは見ることができない。それで

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ドームのセンステから飛び降りる。【第15話】

ドームのセンステから飛び降りる。【第15話】

 愛と勇気だけが友達さ、なんて擦り込まれたときから子どもじゃなかったんだと思う。実際、愛と勇気という友達がいた。私は、リアル・アンパンマンだったのだ。でも、正義の味方はなんだか苦手だった。鋭い光の後ろには、濃い影ができるから。
 愛は真依と同じような子だった。面白いことも言うし、誰からも好かれていて、私以外にも沢山友達がいた。腐女子だった。それなりにアイドルとかも好きだったし、何にでもはまりやすい

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ドームのセンステから飛び降りる。【第14話】

ドームのセンステから飛び降りる。【第14話】

「どうぞ」
穏やかな話し方、そして表情。だいぶ、症状は落ち着いてきているような気がする。退院も近いかな。
「お昼ごはんです」
「ありがとうございます」
そうは言ったものの、やはり食べる気配はない。まあたしかに、病院のご飯ってそんなに美味しそうではない。健康には気を遣っているのだろうけど、どうにも食欲が湧かないビジュアル、匂い。そして、この病棟の大抵の人は過食か拒食気味。半分以上の人が満足するほど食

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ドームのセンステから飛び降りる。【第13話】

ドームのセンステから飛び降りる。【第13話】

 3 古谷日葵

  二〇五号室の鈴木さんは元アイドルらしい。
「ってか、日葵ちゃんさ、前世で大統領とかやってたんじゃないの? 看護実習で月島彗を担当するなんてさ。そうだとしか思えない。そうじゃないと、理由にならないよね。前世で徳積んでたんだね」
「なんで、現世で徳積んでないみたいな感じで言うの?」
笑、って感じ。最近、普通に話していても頭の中で文字起こしされちゃう。
「っていうか、そもそも精神

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ドームのセンステから飛び降りる。【第12話】

ドームのセンステから飛び降りる。【第12話】

 電車に揺られながら、一年前のことを思い出す。そのときは、銀テープをつかみ取ることができた。ファンサはもらえなかったけれど、お土産は十分だった。その頃は、本当の好きな人だと思っていた。だから、グッズも買わないようにして、雑誌も買わなかった。ただ、ライブは会いたいから行くしかなかった。どうやっても。
 なるべく、彗がアイドルであることは意識しないようにしていたと思う。やっぱり、本気だったのかな。他に

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ドームのセンステから飛び降りる。【第11話】

ドームのセンステから飛び降りる。【第11話】

「ねえ、明日さ、何着て行こうかな」
切り替え速いな。
「何でもいいと思う。でも、それこそダサいのはやめたほうがいい。会場ってお洒落なお姉さま方が多いから」
だから、男装するようになったんだよ。私には出る幕もないし、目に映らないだろうって思ったからだよ。
「ワンピースとかは?」
「いいと思うよ」
うーん、と一葉ちゃんは悩み込んだ。
「そうだ、双子コーデはどう?」
私たちが双子? 無理があるような気は

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ドームのセンステから飛び降りる。【第10話】

ドームのセンステから飛び降りる。【第10話】

「別れんの? 田中と?」
「うん」
その話、他の人にもしたんだ。心の声は、心に仕舞ったままにする。私が欲張ってはいけない。たとえ、私との会話が誰かとする会話のリハーサルでしかなくても、私はそれで構わない。一番にしてくれることだけで喜ばなくちゃ。私には友達が一葉ちゃんしかいなくても、一葉ちゃんには沢山の友達がいるのだから。私の分際で、嫉妬してはいけない。
「早く座れよー」
誰だっけ、たぶん生徒会の人

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ドームのセンステから飛び降りる。【第9話】

ドームのセンステから飛び降りる。【第9話】

 私が初めてライブに行ったときも、そう思った。彗が私を変えてくれると信じていた。リアコということは自覚していなかったし、絶対にならないだろうと安心していた。でも、ライブに行ってからは少しそれが揺らいだ。
 思いが揺らぐことがあるように、セクシュアリティもまた揺らぐことがあるらしい。だから、お母さんが言った、運命の人に出会えば変わるというのも間違ってはいないのかもしれない。でも、私には不快だった。

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ドームのセンステから飛び降りる。【第8話】

ドームのセンステから飛び降りる。【第8話】

 セクシュアリティは、アロマンティック・アセクシュアル。聞きなれたものではなかった。BLとGLをかじってきたから、レズビアンとかゲイとかバイセクシュアルがあるのは知っていた。あと、トランスジェンダー。
 どうやら、私は恋愛と性的なことに興味がないタイプの人間ということらしい。それが、証明された。でも、今は彗が好きだからアロマンティックとは言えないかもしれない。そういうことを諸々、一葉ちゃんに話した

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ドームのセンステから飛び降りる。【第7話】

ドームのセンステから飛び降りる。【第7話】

 2 森下澪

 起きると必ず泣いている気がする、なんてあの映画みたいだけど泣いている。今日は尚更。
 私の体に涙の含有量が多いのか、涙腺が脆すぎる特異体質なのかどっちか。いや、どちらにしても特異体質か。時折、悲しくなくても感動していなくても涙が出る。
 起きてまず、残酷な世界に挨拶しなければならない。おはよう、って。
「おはよう、一葉ちゃん」
目を擦りながら、一葉ちゃんはゆっくりと起き上がる。

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ドームのセンステから飛び降りる。【第6話】

ドームのセンステから飛び降りる。【第6話】

「私、澪が好きだから」
「ありがとう」
澪もまさか恋愛的な意味だとは思っていないだろう。だから、言葉って無意味だと思う。
「じゃあさ、私が女の子も好きになれるって言ったらどうする?」
「羨ましいよ」
眠いのかふわふわした声で澪が言う。
「それを踏まえて、もし私が、澪が好き、って言ったら?」
表情が見えないからわからないけれど、たぶん困惑している。しばらく、間が空いた。
「そのときは、解散かもね」

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ドームのセンステから飛び降りる。【第5話】

ドームのセンステから飛び降りる。【第5話】

「愛してなんかない」
気付けば、叫び出していた。
「あんたが私のことをどうでもいいと思ってるの、知ってるから」
授業参観も、懇談会も、発表会も、全部来なかったよね? おばあちゃんは足腰が悪かったから、最低限の三者面談だけ来てくれたけどさ。私、親子でやる運動会の種目、一人で走ったんだからね? 皆、お父さんとかお母さんと楽しそうに走って、お弁当を囲んで、応援されてたよ。でも、私は友達の家族の輪の中に入

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ドームのセンステから飛び降りる。【第4話】

ドームのセンステから飛び降りる。【第4話】

「待って、一葉ちゃん。それじゃ、アイドルしか使えなくない?」
「たしかに。ステージに立てる人しか、使用許可下りないね」
笑いながら、コンビニを出た。百均に向かいながら、スキップした。
 重いスカートがひるがえりそうになる。危うく、痣が見えるところだった。バスケをやれば、痣ができてしまう。膝とか、太ももとか、あらゆるところの青痣を隠しながら生活している。
 百均では、四つ切画用紙とカッティングシート

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ドームのセンステから飛び降りる。【第3話】

ドームのセンステから飛び降りる。【第3話】

——生産性ないからさ? っつーか、気持ち悪くない?
耳障りの悪い言葉。数秒の会話でも、腹の奥から酸っぱいものが押し上がってくる。
「それ、ネットニュースになってる。やば」
澪が他人事のように言った。
 左眉が上がる。顔をしかめる。私は今、威嚇のような顔になっているだろう。
 ボイスレコーダーに残っていたという、会食での一幕。まさか、本人も世に放たれるとは思っていなかっただろう。コメンテーターが偉そ

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