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第30回(note特別篇) 成城学園内で撮影された映画 パート1

 今回の「成城映画だより」は、自治会誌『砧』では読むことのできない、『成城大学note』限定のスペシャル版としてお届けします。
 
 成城学園内で撮影された映画は、これまで何本かご紹介しました。そこで今回は、卒業生や現役学生、教職員、ご父母の皆さんにも分かりやすいよう、施設ごとにロケ作品を挙げていこうと思います。一部、これまでの記事と重複しますが、成城をよく知る方々の〈秘かな愉しみ〉としてお楽しみいただければ幸いです。

成城学園案内図(1965年頃:新入生向け大学パンフレットより)

 成城学園と言えば、その正門の佇まいが特徴的です。考えてみれば、開け閉めする門扉のない学校など、日本には我が成城学園しかないのではないでしょうか。学園が父母に土地を分譲し、街と一体となって「理想の学園づくり」を進めた歴史から言っても、〝街に開かれた学園〟というポリシーから言っても、門を設ける(閉める)ことなどあり得ないのかもしれません。
 そんな正門の風景が登場する映画は連載第16回でご紹介したとおりですが、正門を入ってすぐ左手に見られたのが三角屋根の「学園本部棟」です。旧制高校時代の校舎「地歴館」を法人事務局や教育研究所が使用していたもので、軽井沢にでも来たような感覚を覚える二階建ての木造洋館は、実に趣きがありました。この建物は市川崑監督による群像コメディ『青色革命』(53/石川達三原作)と、加山雄三の代表シリーズの一篇『ハワイの若大将』(64)で見ることができます。前者では高校生役の江原達怡、後者では若大将の父親・有島一郎のバックにこの建物が写り込んでいます。筆者の学生時代は一階手前のところに会計課があり、そこで授業料を(現金で!)納入したものです。今では考えられないことですね。

(左)旧学園本部棟=地歴館(成城大学卒業アルバムより。以下Ⓐ) (右)地歴館ジオラマ(成城学園歴史記念館所蔵)

 正門を入ってすぐ左に曲がると、突き当りに「母のかん」という名の講堂がありました。現在では澤柳記念講堂(旧五十周年記念講堂)に生まれ変わっていますが、今の目で見ても実にモダンなこの講堂は、昭和4年の成城高等学校第1回卒業式に間に合うよう、生徒の母親たちが中心となって建設を推進したもの。以来、様々な行事に使用された歴史的建造物で、名優・森雅之が本学旧制高等学校演劇部在籍中に、この講堂前で撮った写真も残されています。

(左)正面から捉えた母の館 (右)演劇部員だった森雅之(最後列左端)も写る「母の館」前での集合写真。美術教師の奥村博史氏(平塚らいてふのパートナー)の署名入り(成城学園教育研究所提供。以下Ⓑ)

 建物脇には美しい芝生の斜面が広がり、これが見られる映画にはP.C.L.の『エノケンの千万長者』(36/大富豪の息子・エノケンが入学する大学が成城でロケ:当時の「成城学園時報」で紹介されている)と、十八代・中村勘三郎が六歳のときに出演した『ベビーギャングとお姐ちゃん』(61)があります。緑の芝生で学生がくつろぐ姿を見れば、誰もが成城学園に入りたくなったに違いありません。

母の館脇には美しい緑の芝生があった(Ⓑ)
(左)『エノケンの千万長者』の学内ロケを伝える「成城学園時報」(昭和11年9月25日号)記事 。大富豪の息子が大学の運動部を金の力で支配する話だけに、学内の評判は芳しくなかったことがうかがえる。(右)杉の森側から見た母の館(Ⓐ)

 この素敵な講堂「母の館」が見られる映画には、前述のエノケン喜劇『千万長者』をはじめ、『唐手三四郎』(51)、『恋の応援団長』(52)などの新東宝映画、小林正樹監督作『まごころ』(53/松竹)、三島由紀夫原作小説の映画化『潮騒』(54)、若大将シリーズの一篇『日本一の若大将』(62)、石坂洋次郎原作・吉永小百合主演の『こんにちは20才』(64/日活)の他、『君たちがいて僕がいた』(東映)と『続高校三年生』(大映)という舟木一夫の学園もの(どちらも64年公開)があります。これほど多くの作品で使われたということは、この建物がそれだけモダンで絵になったという証し。加山雄三がロケに参加した『日本一の若大将』以降はすべて総天然色(カラー)作品なので、学園にも残っていない〈色付き〉の母の館の姿が見られるのが貴重です。
 五十周年記念講堂に建て替わってからは、わずかに『思い出の指輪』(68/松竹:斎藤耕一監督)というヴィレッジ・シンガーズ主演の歌謡映画に、その外観がちらりと写り込むのみ。澤柳記念講堂として映画に登場する日は、果たして来るのでしょうか。
 
 ちなみに、当講堂には、かつて東宝スタジオ録音センター(現在のポストプロダクションセンターⅡ)で使われていたグランド・ピアノ「メイスン&ハムリン」(『ゴジラ』で有名な伊福部昭が1957年に指定・導入し、怪獣映画や黒澤映画など多くの東宝映画の音楽録音に使用)が収蔵されています。2018年のセンター施設改修時に廃棄されかかっていたものを、筆者が手を挙げて成城学園として譲り受け、宮﨑修多教育研究所長(当時)のご尽力で修復に至ったものですが、2019年秋に当講堂で開催された『小松左京音楽祭』(小松左京の元マネージャーで本学出身の乙部順子さんや樋口真嗣監督らが企画)では、伊福部が作曲した『ゴジラ』メイン・タイトル(映画音楽)の演奏に使用、その素晴らしい音色が今に蘇っています。音楽祭の関係者から‶貴重な財産〟を護ったことを感謝されただけでなく、多くの東宝特撮映画ファンが感動していた様子が忘れられません。

学園創立五十周年を機に、「五十周年記念講堂」に生まれ変わった母の館(Ⓐ)
修復前の伊福部昭指定ピアノ。『下町 ダウンタウン』(57:千葉泰樹監督)で初めて録音に使用された(Ⓑ)

(パート2に続く)

【筆者紹介】
高田雅彦(たかだ まさひこ) 日本映画研究家。学校法人成城学園の元職員で、成城の街と日本映画に関する著作を多数執筆。『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『山の手「成城」の社会史』(共著/青弓社)、『「七人の侍」ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)の他、近著に『今だから!植木等』(同)がある。