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第15話  文化祭でしくじる僕、はげます生徒

2016〜2019年にかけて、高校の教室でもがく教員の姿をcakesで連載していました。cakes終了につき、noteに転載するお誘いを受けましたので、定期的に再アップしていきます。よろしければご覧ください。 年齢や年代などは当時のままですので、ご了承くださいませ。

いつの世も、夏休みはあっという間に去るものだ。そして2学期早々、多くの学校では文化祭がやってくる。

思い返せば、僕が高校に赴任した当初、担任を持つ1年のクラスで最初に「しくじった」のは、文化祭だった。「怒る」(感情が先)と「叱る」(理性が先)のちがいを痛感した、あの日。

高校の文化祭は、外部からのお客さんが多く、大多数の生徒も準備に全力となるから盛り上がる。だが、僕の担任クラスはいまいちやる気に欠けていた。

1学期のうちに、サンドイッチの模擬店を出すことに決まったものの、夏休み中はほかのクラスが準備にせわしい中、試作をほんの少ししただけだった。

大丈夫かな!? 2学期がはじまった9月頭、僕は心配になった。日ごろは、生徒の自由をなるべく侵したくないという姿勢の僕は、年に数回しかない行事くらいは「みんなで」がんばる努力をしてほしいと常々伝えていた。

集団で協働するトレーニングは、今のうちにやっておくべし(ちゃんとやってみて初めて、「やっぱ集団での活動は苦手だな」とも判断できるし)。集団での活動に自分なりに「貢献」する方法を模索することは、将来どこかで役立つことがあるかもしれない。そんな思いが僕にはある。

文化祭は9月半ば。あんまり時間がない。さすがに文化祭を仕切るクラス委員もあせり出した。ただし、男子2人、女子2人の委員のうち、あせって働きだしたのは女子だけ。男子は、相変わらずちゃらんぽらん。

文化祭前日になっても、ほぼあらゆることが女子まかせ。外のスーパーに注文しておいた大量のパンを運ぶのも、女子が中心。その間、男子はというと教室に残ってスマホでゲームか、じゃれ合うのみ。

まずい! どうしたものか…。


ブチ切れた女子生徒


文化祭前日の昼、ブチ切れたのは僕、じゃなくて女子の委員だった。うわっと泣きはじめた彼女は、たんかを切った。

「いいかげんにしろっ! なんでそんなにツカえねーんだよ! もう明日なんだよ!? ○○と××(男子の委員)は、この状況見て、なんも思わないわけ? まともにやれよ!?」

ベタすぎる展開……。それでも、教室の湿度は上がり、ムードはぴりっとなった。

その生徒をフォローしつつ、これでやっと男子も動くだろうとの思いも芽ばえた。明日が文化祭本番というのに、会場設営もまだ半ば。よしここから奮起せよ、男子。心でそうつぶやいた僕は、担任クラスとは別に管理を任されていた教室へ向かった。

およそ2時間近く経った午後、自分のクラスに戻った。

甘かった! さすがに委員の男子は働いていたけど、それ以外の男子の半分は、相変わらずふらふらしている。

僕の中では、あせりよりムカッ腹のほうが圧倒するようになった。

雷を落とした僕は、会場設営の陣頭指揮(男子生徒担当)をとることにした。△△はあっちで看板立てるの代わって来い。□□は調理手順の確認をチーフとまとめておけ。▲▲はメニューとテーブルの準備をちゃんと手伝え——。

クラスを離れ、外をぶらついていた3人は、「ちょっと来いっ!」と呼び出した。「何しに学校来たんだっ!? クラスでやるって決めた以上、ちゃんと手伝うのがスジだろーがっ!」

ぶ然とした表情を保ったまま、僕に怒鳴られた3人の男子生徒は手伝いの場に散った。教室もしーんとなり、準備は粛々と進んだ。

楽しいはずの前日準備なのに、ぎこちないものになってしまった。特に男子は、僕の目を気にして「やらされてる」感ありありの動き。準備を終えて解散するときも、とくに怒られた男子生徒のウキウキ感はゼロで、静かに帰って行った。

もっとほかに、男子のやる気を高める方法はあった。感情まかせに「怒る」という、一番手っとり早い方法をとった僕は、幼稚なアマチュアだった。たまたま目についた3人を、いわば見せしめにしてしまったし…。

明日は文化祭なのに、大きな失策を冒してしまったのである。


となりに座る一人の生徒


みんなを見送った僕は教室に残り、「猛省モード」に入って肩を落とした。

そこに、一人の男子生徒が教室に戻ってきて、僕のとなりにちょこんと座った。快活だけどまったく気取らない、サッカー部の人気者。彼は「ヘコんでるんですか?」と声をかけてきた。僕は、ざんげするかのように、「うん。怒り方をまちがえました」と告白した。

生徒:「やっぱし(笑)。先生はいつも、それとない感じで注意とかするでしょ。今日はちょっとヘンだな〜って思ってました」

僕:「うん」

生徒:「まぁモノは言いようじゃないっすか? うちのクラスって、ガミガミって強い口調で言われても、さらにイジけちゃうだけだし。文化祭だからってスタイル変えるのは先生のキャラじゃないでしょ(笑)。ま、俺ら、明日がんばりますよ!」

僕:「はい……」

生徒:「うぃっす。っした!(※サッカー部流「ありがとうございました」の略)」

少年は小走りで帰って行った。これなんだよな。それとなく相手のやり方を再考させるテクニック。その男子生徒のほうが、僕よりよっぽど「先生」だった。

感情に身をまかせた僕は、やり方を誤った。職員室に戻った僕は、「反省だけならサルでもできる」ってことで、文化祭という非日常の祝祭にそなえ、正直に謝ろうと決心した。

じつは、文化祭1日目は部活の遠征が入っていたため、朝イチで皆に会えない。そこでA3の紙に、ペンで大きく想いをつづった。「昨日は、頭に血がのぼってしまったため、ちょっと言い過ぎました。大人げなかったです。文化祭前日だったのに、ごめんなさい。文化祭の成功、祈ってます!」

反省文をしたためてる僕のうしろを通りかかったベテラン教師は、「いさぎよしっ!」と一言残し、肩をたたいて帰って行った。

この紙を夜の教室に残し、僕はとぼとぼと家路についた。


当日、こっそり教室をのぞいてみると…


文化祭1日目の午後。出張から帰った僕はクラスTシャツに着替え、忍者のように静かに、ドキドキしながら、サンドイッチ売り場の教室をのぞきに行った。

呼び込みも接客係も、みんなよく動いていた。学校中には、我らがサンドイッチ・マン(お店のPRが描かれたダンボールで体の前後をはさんだ客よせ係)も練り歩いていた。売れ行きも好調。

そして調理室では、昨日僕が雷を落とした男子生徒が、ペアで一生懸命サンイチを仕上げていた。エプロン、三角筋、ビニール手袋、マスクもちゃんと身につけ、調理ルールを順守。

廊下からガラスごしに、こっそり身を隠しながら彼らの仕事を見ていた僕、不覚にも、落涙。

だよな。怒鳴られないでも、やるときはやるんだよね。

その男子生徒の一人が廊下に出てきて、僕を発見。ちょっと気まずい僕。何を話そうかと口ごもってると、彼は開口一番、「○○と□□が全然働かね〜っ。理係の交代時間になっても来ねーし。まじアタマきたっ!」

昨日の僕の気持ちをわかってくれたか(笑)。そう思いつつ、「まーまー、何か事情があるかもしれないし、穏便に行けよ」と、僕は「サッカー部少年メソッド」で、怒れる生徒をなだめた。

その日の文化祭が終わると、明日もがんばるぞーっとみんなで気合いを入れ、解散した。すると、サッカー部少年がふたたび僕のところに寄ってきた。「昨日はさ、『救われた』感がある」と、僕なりに、ぎこちなく感謝した。

少年はニコっとして、「あれっすか? 今朝の反省レターは、俺の一言がきっかけですか? 先生イジけちゃったじゃん、てみんな笑ってたけど。そっか、そっか、きっかけは俺の一言かぁ♪」

イジけてねーし。といささかイジけつつも、僕は強がった。「いや、それとこれとは話が別ですな。誰の影響も受けてません。あれは自分なりの反省を、ケジメとして示しただけ」

こう強がった僕は、少年を中夜祭へと見送った。

そしてその背中に向かって、「っした!」と小さくつぶやくのだった。

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