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第7話  先生が金髪にして登校した日

2016〜2019年にかけて、高校の教室でもがく教員の姿をcakesで連載していました。cakes終了につき、noteに転載するお誘いを受けましたので、定期的に再アップしていきます。よろしければご覧ください。 年齢や年代などは当時のままですので、ご了承くださいませ。

僕が今の高校に赴任してから、苦楽を分かち合ってきた同期が何人かいる。他愛もないグチを言い合える仲は、貴重だ。中でも、1年目から同じ学年の担任となった先生は、僕がもっとも頼りにする人である。

僕より少し年下だが、教師歴は僕より長い。彼とはさまざまな試行錯誤をともにしてきたし、その「熱」に感化され学ぶことも多い。

半面、赴任当初からハラハラさせられてもきた。彼は、穏やかそうな見た目とは裏腹に、カッとなりやすい直情径行型なのである! 赴任して1ヶ月も経たない4月下旬、高1担任として引率したオリエンテーション旅行で、さっそく事件は起きた。

体格のいい、気の強い男子生徒がいた。学年全員で食事をすませ片付けをする中、その子はむすっと立ち上がった。すると、そこで片付けの確認をしていた我が同期に、その生徒の肩がごつんと勢いよくぶつかった。

この場合、ぶつかってきた側が謝るべきだが、男子生徒は何食わぬ顔でその場を去ろうとした。我が同期は生徒を呼びとめ、キッとにらみつけ、面前でスゴんだ。生徒も、引くに引けない。その距離まさに至近、その間わずか5秒ほど。不思議なことに、この一触即発の事態に気づく生徒はいなかった。ともあれ彼は何かを生徒に告げ、その場は収まった。

僕は、テーブル数個越しに、超ハラハラしながら見ていた。そして、ただ朗らかだと思っていた同僚が、実はケンカっ早いかもしれないことに気づいた。その後も、遅刻続きの男子生徒を正面から指導し、同じようににらみ合うシーンを何度か目撃した(もちろん手は出さない!)。

彼は一本気。僕がしばしば好む(?)柔道的な寝技を受けつけない点で、まぶしい存在だった。

こんなこともあった。

高校生ともなると、年に数回行なう避難訓練は、気がゆるみやすい。高1も、二度目の訓練のときには私語が目立った。一本気な彼は、放課後、クラスの生徒を残し、なぜ「つまらない」訓練が大事か切々と述べた。少し前に起きた大震災のこと、迅速に避難すれば救える命が増えること。その上で、今後の訓練に向けた心がまえを全員に書かせた。早く帰りたい、部活に行きたいとの不満の声を封じながら。

ある意味で不器用な彼のやり方は、生意気盛りの高校生からはしばしば鬱陶しがられたし、グチも聞こえるようになった。



反逆のカリスマ


教師より立場が下の生徒に「だけ」一本気だったら、僕もやんわり彼をたしなめただろう。でも、彼はそんなつまらない教師ではなかった。先輩教師にも、しばしば正攻法で異議を申し立てる男である。

ある先輩教師の「手抜き」(と彼が思ったこと)が目についたときは、「先生、これまで何を教えてきたんですか?」 彼は議論をふっかけ、しばらく教員室のひそひそ話題をさらった。

大したもんだな。僕は率直にそう思った。同じ教師だからって、真正面から異議申し立てできるのはきっと彼くらいだろう。

彼と僕はよく仕事終わりにメシを食い、お互いのグチを受け止めあった。それでも、2学期半ばを過ぎる頃、彼はさまざまなストレスを抱え、みるみる表情が冴えなくなった。「考えすぎだよ、しかも真っ直ぐすぎる!」 僕は何度も助言したけど、一本気な人間の心を解きほぐすことはとっても難しい。

その矢先。彼はいよいよ「反逆」した。2学期も11月を過ぎた頃、なんと金髪で登校してきたのだ!

たしかにそれ以前、女性教師だけ茶髪が事実上オーケーで、男性が黒髪限定なのはおかしいのでは、と二人で話題にしたことがあった。でも、まさか茶の上を行く金とは……。

それまで、何度か彼と正面衝突してきた教頭は顔を露骨にしかめ、「どうにかならないの?」とけん制した。かたや、校長はというと、「別に止めはしません。ただ、教育者としてふさわしい振る舞いだけは忘れないように」と一言。

金八先生ならぬ、「金髪先生」がもっとも信頼し、いつも対等の同僚として僕らを励ましてくれる大先輩教師は、「しびれるねぇ。悪くない! やっぱ先生は、うちの学校に必要です」と告げた。そして彼の肩をぽんと叩いて、続けた。

「僕もこの学校に勤め始めたころ、ストレスがすさまじかった。でも、先生のように染める髪も残ってなかった(笑)。結局救ってくれたのは、家族の応援と、通勤途中に聴く『元気ソング』だった。先生も、早く『元気ソング』見つけたらいいよ」

大先輩が気落ちしたとき必ず聴いて口ずさむのは、嵐の楽曲。櫻井くんのラップのくだりも完璧らしい。直球勝負の金髪先生は、大先輩から変化球の励ましをもらい、笑った。

まさに校長や大先輩のかけてくれた声が、彼の「元気ソング」代わりになったのだと思う。結果として、そうした教師たちのさりげないサポートが、2学期終わりまで金髪をつらぬいた彼を、「救った」。

へんてこりんな学校。いろんな教師がいてこそ、学校は楽しい。そんな学校が僕は好きである。



同期の僕はどう励ませばいいだろう


実は、うちの高校を1年限りで辞める覚悟をしていた金髪先生。自分のやり方が合わず、生徒や同僚とぶつかり続けることが、耐え切れないほど不本意だったという。そんな彼を、同期の僕はどう励ませばいいだろう。いろいろ考えたあげく、一本気野郎には僕なりのド直球で立ち向かうことにした。

「ある学者がこう言うわけ。属してる組織の方針や環境が気にくわない場合、人には選択肢が3つある。その一、むしろその組織に適応するよう努め、一員となって『忠誠』を誓う。その二、さっさと組織を『離脱』する。その三、組織を変えようと『発言』する」

「オレも毎朝どんな仮病を使って休もうかと頭がよぎるけど、金髪先生もいるし、楽しいこと想像して奮い立たせてる! 学校の変なとこ、生徒とぶつかることだってたくさんある。自分の未熟さも憎い。でもまだ『発言』しきってないから、希望は残ってるのかもな〜。たぶん先生も、まだ『離脱』は早いんじゃない?」

大人だもの、進退は自分で判断すればいい。でも個人的には、へんてこりんな学校の重要なピースを失うのは困るのだった。

どのような心境の変化があったのかはわからない。3学期、「ぶじ」黒髪に戻した彼は、同僚に冷やかされつつ、真っ直ぐな元気を取り戻した。

そして、学年末に迫った合唱コンクール。

彼は、ぎくしゃくすることもあったクラスの生徒を鼓舞するため、練習用に、超ハイスペックの電子ピアノを買って驚かせた。「どうせ、これからも担任するたびに使うしね」。僕からすればとっても不器用なプレゼントに、生徒はがぜん盛り上がった。

やってくれる。しかも、優勝したらみんなで焼肉、もちろんお代は「元」金髪先生持ち。そんなニンジンをぶら下げる策にも出たのだ。まったく……。それを聞いたほかのクラスの生徒が、各担任にどう迫りくるかも顧みずに! ちょっとしなやかになった一本気の彼を見て、僕はため息つきつつも安心した。

へんてこりんな学校が、やっぱり好きである。合唱コンのあと、彼が大したことない給料をお肉代に費やしたのは、言うまでもない。

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