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ウクライナ戦争と旧植民地諸国

2022年9月20日の国連総会における仏大統領マクロンの演説は、その言葉の選択によって、表面化されていない矛盾を可視化し、人々の想像力を挑発した。

マクロンの演説


「2月24日(ロシアのウクライナ侵攻)以来、我々が直面しているのは帝国主義と植民地の時代への回帰であります」。

現代の帝国主義はヨーロッパや西洋のものではありません。それは世界的なハイブリッド戦争を背景にした領土侵攻というかたちをとっています。そしてこの戦争はエネルギー価格、食糧安全保障、核の安全、情報アクセス、民衆運動を、分断と破壊の武器として用いるのです」。

「こんにち沈黙している」国々は、「心ならずもあるいは秘密裏に、ある共犯関係で、我々の新しい国際秩序を崩壊させる現代のシニスム(冷笑的無関心主義)と、新しい帝国主義に奉仕しているのです」。

afp, 20/09/2022, La Croix


ロシアの新しい帝国主義を非難しない国々


マクロンはこのように述べて、中立という口実でロシアを非難しないアジア・アフリカ・中近東の国々に、世界平和のための責任を果たすよう求めた。

実際、多くの旧植民地諸国がロシアを非難していない。

セネガルなどにしてみれば、「はるかかなたのウクライナで何があろうが知ったこっちゃねえ」という気持ちなのかもしれない。19~20世紀、フランスに支配され、列強間の覇権争いのなかでさんざんひどいめにあってきた旧植民地国にしてみれば、現在のロシアとウクライナとの戦争、そしてその背景にあるロシアと西側諸国との争いなど、「あっしには、関係のねえことでござんす」といった感じなのだろう。

韓国も、かつてロシアと日本の争いに巻き込まれ、日本に植民地化された可哀想な国である。日本から独立した後も、米ソ冷戦、米中新冷戦のはざまで、喘いでいる。「だから」なのだろう、韓国もウクライナ戦争に対し「所詮、他人ごと」といった冷酷な態度だ。実際、今年4月のゼレンスキー大統領による韓国国会でのオンライン演説を傍聴した議員は2割以下だったと言う。無関心なのだ。

火の粉がかからないように、距離を置いていたいのかな。
ロシアとの貿易が大事なのかな。
何故、そこまで利己的になれるのだろう。
何故、そこまで無責任になれるのだろう。

もしも旧植民地諸国が「ウクライナ、そんなの関係ねえ」とおっしゃるのなら、国連から脱退すればいいのに、とも思う。
だって国連は世界平和のためにあるのだから。

新しい帝国主義と古い帝国主義


ウクライナ戦争は〈西側諸国〉と〈ロシア〉と〈その他の旧植民地諸国〉という三角関係をあらわにした。
このうち旧植民地諸国はどちらかと言えばロシアに宥和的である。
実際、今年の9月初頭に行なわれたロシアの軍事演習ボストークには、中国、インド、シリア、アルジェリアなどが参加した。旧植民地諸国は西側諸国の古い帝国主義に復讐したいのだろうか。
でも現在のロシアは、もう昔の「持たざる者に優しい」ソ連ではないのだよ。

新しい帝国主義への注目が、西側諸国の古い帝国主義の暴力を隠蔽することがあってはいけないが、
しかしロシアを非難しない旧植民地諸国のひとたちは、ウクライナにおける拷問、強姦、虐殺などの行為を見て、なんにも感じないのかしらん。
自分たちが古い帝国主義によって被った暴力については大声で騒ぎ立てるのに、現在進行中の暴力については沈黙するなんて、なんかヘンだよね。

本来ならば、古い帝国主義によっていじめられた旧植民地諸国こそが先頭に立って、現在、新しい帝国主義によってかつての自分たちと同じようにいじめられているウクライナへの支持を表明し、ロシアに対して異議申し立てをすべきなのに。

あるいは、アジア・アフリカ・中近東の国々では暴力が日常茶飯事だから、とりたててウクライナのためだけに平和を叫ぶ気にもならないのだろうか。実際、ウイグル、ロヒンギャ、ルワンダ、イスラム国などなど…、怖いこと、頻発しているよね。

植民地史の書き換え


いずれにせよ植民地史の書き換えが必要だろう。
従来の植民地史は以下のようなものだった。
「19~20世紀、悪いヨーロッパの列強が、純真なアジアとアフリカの弱小国を植民地化しました。可哀想な植民地諸国は、それでも頑張って、20世紀後半に独立しました。しかしその後も、経済的には従属的な地位にとどまることを余儀なくされる一方で、差別や偏見の被害を受けています。」

しかしこのような従来の植民地史はもはや通用しないだろう。
何故ならばウクライナ戦争に対する旧植民地諸国の冷笑的無関心主義が、従来の植民地史が旧植民地諸国をあまりにも「可哀想な善人」として理想化していたのではないかという疑いを、もたらしたからだ。

新しい植民地史の登場が望まれる。
時代が変わって、見る場所が変われば、とうぜん見える景色は違ってくる。
歴史家諸君、勉強しよう。

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