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ナポレオンの退役軍人コロニー

1803年4月21日の法律


ナポレオンは1803年4月21日の法律で、ドイツのユーリッヒJuliersと北イタリアのアレッサンドリアAlexandrieに、40歳以下のフランスの退役軍人のためのキャンプをつくりました。
このキャンプに入れば、軍人は退職金の金額に相当する土地を数ヘクタールもらえました。その土地を、軍人たちは自ら耕すか、あるいは使用人が耕すのを監督しなければなりませんでした。土地は25年間、譲渡してはいけないと定められていました。
その一方で未婚の軍人には現地の女性と結婚することが推奨されました。
また命令があった場合には、軍人は武器をとって前線に駆け付けることが求められました。
要するにナポレオンはこのキャンプを「コロニー」にして、そこに居住する退役軍人を屯田兵にしようとしたわけです。
実際ユーリッヒもアレッサンドリアも戦略的に重要な地点でした。ユーリッヒはパリとリエージュとケルンを結ぶ軸にあり、アレッサンドリアは北イタリア防衛の要でした。

啓蒙思想の影響、古代ローマの影響


このキャンプの理念の背景には、18世紀フランスの啓蒙思想がありました。
啓蒙思想は、古代ローマの軍隊を理想の軍隊と考えていました。つまり兵士が農民から成る軍隊です。農民=兵士であってこそ、平等で民主的で強い軍隊がつくられると考えられていました。
当時のフランス人にとって古代ローマは身近な存在でした。例えばフランスのリヨンという都市は、古代ローマが建設したコロニー(植民都市)でした。現在でもリヨンの古代ローマ劇場跡は有名な観光スポットです。
 そしてナポレオンがユーリッヒとアレッサンドリアに、退役軍人のためのキャンプを建設したとき、彼の念頭にあったのがまさに古代ローマのコロニーでした。
 
ナポレオンは、古代ローマがコロニーでローマ文化の普及をはかったように、自分もユーリッヒとアレッサンドリアでフランス文化の伝播を試みました。ある種の「同化政策」です。
但しこれは20世紀の同化政策とはまったく違います。20世紀のそれでは植民地の先住民に対して宗主国の文化を受容することが強制されましたが、ナポレオンのそれでは植民者(退役軍人)に対してフランスの文化を先住民に普及することが求められました。先住民に対して何かが強制されたのではないのです。
さらにそのフランス文化の普及の手段は、現地の女性との結婚でした。つまり交わることが重視されていました。「人種隔離」ではなく、むしろ「人種混合」なのです。コロニーで交わることで、フランス語やフランスの習俗がドイツやイタリアにひろまることが期待されていたわけです。

コロニーの栄枯盛衰


ユーリッヒのキャンプはすぐに405人の退役軍人を集めました。大半がフランスの東部国境地帯の出身者でした。半数がフランス人の妻子と一緒にユーリッヒまでやってきました。彼らはユーリッヒの周囲30キロから60キロに分散して住むように指導されました。4分の1の退役軍人は自ら畑を耕して、収入を4倍に増やすことができました。
現地女性との結婚に関しては、アレッサンドリアで多く認められました。1807年には3分の1の退役軍人がイタリア人女性と結婚していました。
 
1814年、ナポレオンの敗北後、ユーリッヒからは1291人の女子供が375人の退役軍人の後を追ってフランスに帰りました。
他方アレッサンドリアの787人の退役軍人のうち253人はピエモンテ地方にとどまり、そこで子孫を残しました。つまり彼らはフランスからイタリアにやってきてフランス文化の普及をするはずだったのですが、むしろイタリアに根付いてしまったのです。イタリア人女性の愛の力によって、フランス人男性は心身ともに征服されてしまったのでしょうか。

アルジェリア征服まで続く古代ローマの夢


古代ローマの植民政策をモデルにする思想は、1830年代40年代におけるフランスのアルジェリア征服戦争にまで受け継がれます。アルジェリアを征服したフランス軍は自らを、ガリアを征服した古代ローマ軍と同一視しました。
実際アルジェリアにも古代ローマの遺跡はありました。サン=タルノ将軍は夕日に照らされたローマの遺跡を前にして、軍楽隊にシュトラウスのワルツを弾かせて、物思いにふけりました。
人間の脳内には、時空を超える夢を見る力があるのですね。
 
 
ところでいまどきの日本人は何を夢見ているのかな。
今晩の食事の献立かな。

 
参考文献
Jean-Paul Bertaud, Quand les enfants parlaient de gloire. L’armée au cœur de la France de Napoléon, Paris, 2006.

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