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「心は女性」と言う男性による性犯罪の悪質さ

高石市事件裁判傍聴記

被告人に懲役6年の実刑判決が下った!

2024年3月27日、大阪地裁堺支部は、令和5年(わ)第45号準強制わいせつ罪・強制性交罪等罪について、被告人渡辺和美に懲役6年の実刑判決を言い渡した。第一回公判から実に一年あまり経っていた。


1.はじめに

私たちが高石市事件の裁判傍聴を始めたきっかけ

2023年3月10日第1回公判の日、この事件を報道で知った私たちは、大阪地裁堺支部裁判所に駆け付けた。被害者が性被害を訴える困難さはこれまでの支援活動で身に染みて知っていた。今回は、より以上に困難な事例だったと思う。加害者が「自分は心は女性で、女性に性的関心はない」と被害者に言っていたらしいからだ。性暴力事件においてそのことがどのような影響を与えるのか、それを知りたいと思った。

かつて、強姦神話というものが根強くあった

私たちが活動を始めた1990年頃というのは、「強姦とは、暗い夜道で見知らぬ男性に襲われること」「強姦されそうになった女性は激しく抵抗するはず」という強姦神話が根強い時代だった。強姦の約9割が何らかの知り合いや身近な男性からによるものであり、人間関係があるからこそ抵抗するのが難しいのだという事実は、今では多くの人に知られつつあるが、当時は知り合いから襲われた女性が「被害を受けた」と声を上げることは、非常に難しかった。しかし女性たちは、「知り合いや身近な男性」からの被害を民事裁判に訴えて、この神話を壊していった。やがて、女性が性交に不同意であったことを認定しながら加害者に無罪判決を下したケースが続出したことをきっかけに、性暴力被害のサバイバーらを中心とするフラワーデモが全国各地に広がった。トラウマ理論の専門家らを含む女性運動の働きかけで、2023年、「不同意性交等罪」が成立したのだ。これは、これまでのように「被害者に抵抗を要求する」法律ではなく、「被害者が同意していないにもかかわらず行った性的行為を処罰する」法律である。

不同意性交が犯罪になった時代に「新たな強姦神話」登場?

ところが、このように「強姦神話」が薄れ、状況が少しは良くなったと思える時代に、新たな懸念が登場した。「体は男性だが、心は女性」という女性自認男性が現れ、そういう人物が女性に性被害を加える事件が見られるようになったのだ。通常なら男性による性犯罪として加害者に非難が集中するような性暴力事件が、加害者が「心は女性だ」と言っていたとか「女装男性」によるものだったと知られるや否や、SNS上で激しい被害者バッシングが始まった。「トランス女性は性犯罪者ではない、性犯罪をする奴は偽物だ」、「『偽物』を見抜けないのは被害者の落ち度である」というようなバッシングである(注1)。人権派、被害女性の支援者として知られるような女性弁護士までが、加害者を擁護するような、または被害者を嘘つき呼ばわりするような発言をしていた。これを見て私たちは、「新たな強姦神話」のようなものが流布され始めているという危機感を持った。性被害にあった女性たちが再び昔のように声を上げにくくなるのではないか。週刊誌で加害者の数々の加害行為が報道された高石市事件もそのような懸念のある事件だった。やがて高石市事件はうやむやにされることなく、立件され公に裁かれることになった。被害届を出した被害者たちの勇気にエールを送り、そして是非とも正当に加害者を罰してほしいと思い、私たちは裁判を最後まで見守るべく傍聴に駆け付けたのだった。

注1:https://nikkan-spa.jp/1936662

2.裁判が始まって

心配していたこと ー 執行猶予と障害者支援事業所再開の可能性

公判が始まった当初、私たちは2つのことを心配していた。

一つ目は、週刊誌報道で明らかになった数々の被害の全てが立件されたわけではなかったことだ。起訴されたのは、準強制わいせつ罪2件のみだった。有罪になっても執行猶予がつく可能性があった。

執行猶予がつくのは3年以下の懲役の場合である。事件は2023年7月の刑法改正前に起きたものなので、改正前の刑法が適用されるが、改正前の準強制わいせつ罪も改正後の不同意わいせつ罪も量刑は同じ6ヶ月以上10年以下の懲役である。これがもし、「わいせつ」ではなく「性交等」で立件されていたら、改正前の強制性交等罪も5年以上の懲役なので、執行猶予がつく可能性はかなり低いのだ。

二つ目は、障害者支援事業所を運営して、そこの利用者や職員に対して加害を行なっていた被告人が、裁判で有罪にならなかったり、有罪になっても服役を終えた後には再び事業所を再開する可能性があることだ。公判の初っ端に行われた罪状認否の際、被告人は無罪を主張して反省の欠片もない態度だった。もし事業所を再開したら、また多くの被害者が出るに違いない。それだけは防ぎたいと思い、事業所の認可を取り消させる方法がないか調べてみたが、有効な手立ては残念ながら見つからなかった。

準強制わいせつ罪2件のみだったのが、準強制性交等罪も追加起訴

先ほど、起訴されたのは準強制わいせつ罪2件のみで執行猶予がつくかもしれないと思ったと書いたが、公判の途中で変化が起こった。

2023年7月4日、第4回公判で、検察は処分保留案件があると言い、「捜査中が1件、被害者心理の専門家の意見待ちが2件」と報告した。つまり、準強制わいせつ罪2件以外に、起訴されるかもしれない余罪が複数あるということだ。そして2023年8月24日、第5回公判で、そのうちの1件、Cさんへの強制性交等罪が起訴されたことがわかった。これにより公判は、複数の女性(3人4件)に対する準強制わいせつ罪、準強制性交等罪の罪を一括して立件する方法で裁判が進められることになった。

Cさんの被害は、被害者心理の専門家の意見待ちの案件だった。ということは、被害者が受けた精神的ダメージはかなり大きいということであり、それゆえに被害者が証言できなければ加害者は罪に問われずに終わってしまいかねないところだったのだ。起訴されたことについてはほっとしたが、Cさんは加害者から複数回被害を受けたということなので、立証することは難しいだろうなと私たちは感じていた。

実際にはさまざまな理由で同じ加害者から複数回被害にあう被害者は少なくないのだが、一般的には「一回性被害にあったのに、なぜまた同じ相手から被害にあってしまうのか」と不審に思われやすい。よって、裁判では立証が難しい。

しかし、「大丈夫、執行猶予のつかない5年以上の懲役は間違いない」と思ったのは、2024年1月18日の第13回公判で、Cさんの心理鑑定を行ったS先生の証言を聞いた時だった。S先生は、トラウマ臨床・マインドコントロール研究の専門家だったのだ。Cさんが、加害者によるマインドコントロールの影響下にあったため複数回被害を受けた、ということが裁判官に理解されれば、Cさんに対する準強制性交等は有罪と判断されるだろうと思った。

被告人からの脅し、被告人に対する恐怖心がありながらも、被害を訴えた勇気ある被害者たち

検察は論告求刑で、「(被告人は)SNSで被害者に対し、『もし警察沙汰の話を持ってきて金にしようとしているなら(「警察に訴えることをチラつかせて金目当てで示談を成立させようとしているのなら」という意味)、先に訴える』というメッセージを送るなどし、事件の発覚を免れようとした」と述べた。そこからもわかるように、警察に訴えられることを何としてでも阻止したいという被告人の足掻きは相当なものだったと思う。被害者証言でも「被告人はとても恐ろしく付け回されるのではないかと思った。被告人には顔も自宅も知られているので怖い」など、告訴したら被告人からどんな報復をされるかと怯える発言があった。そのような恐怖と闘いながら証言されたAさん、Bさん、Cさん、そして彼女たちの相談にのり、また証言台にも立ったDさん(ケアマネージャー)、Eさん(訪問ヘルパー)に心からの敬意を表したい。

3.加害者が「心は女性」と言ったことを被害者は

どう受け止めたか

「心は女性」と言って犯行に及んだことを被害者は公判でどう語ったか

これまでにも述べた通り、被告人が被害者たちに「自分は性同一性障害だ」、「心は女性で、女性には興味がない」などと告げて犯行に及んだことが、他の性暴力裁判と異なる本事件の注目点であったと思う。

ではそれらは、犯罪の成立にどう影響したのか?

その前に少し、日頃、裁判等に馴染みのない方にご説明しておきたいことがある。私たちも、他の刑事裁判を傍聴した経験でわかったことだが、裁判になれば事件がいろいろ詳しく解明できるかというと、実際の刑事裁判はそういうものではなかった。被害者は事件の当事者であり、加害者に対して言いたいこと聞きたいことはさまざまあるにもかかわらず、刑事訴訟の法廷は自由に被害者が発言できる場ではない。刑事裁判は、被害を受けた人のために行われるというより、「刑法にある〇〇の罪を侵したので、国の権力で加害者を処罰する」というものだ。裁判を提起するのは検察、つまり国の機関である。被害者個人が直接裁判所に「裁判をして加害者を刑務所に入れてくれ」と訴えることはできない(民事の損害賠償請求は個人でできる)。検察は有罪を立証し、加害者(被告人)の弁護士が弁護をして、裁判官が判定する仕組みである。国の権力に比べて個人は圧倒的に弱い立場(治安維持法の時代や、現代の冤罪事件を思い出していただきたい)なので、被告人には弁護人を付ける権利があり、被告人にお金がなければ国選で弁護人がつくのはそのためである。刑事裁判においては、被害者は、被告人の有罪を立証するための、検察側の証人という立場である。最近こそ、被害者は当事者であるのに裁判に参加できないのはおかしいという声が高まり、被害者参加制度などもできているが、あくまで検察側の一証人という立場は変わらない。

さて、「心は女性」がどう影響したのかを探っていくには、裁判記録、とりわけ被害者の陳述に当たるしかない。公判を通して知った事実を伝えたい。

Aさんの場合-「『心は女性』であるはずの被告人からされた行為は気味悪い」

①     Aさんは被告人が運営する事業所の職員だった。事件当時は就職したばかりだった。鬱で精神科の通院歴があり安定剤を服用することもあった。被告人は「心は女性」と言って、時々女装していたが、見た目は男性なので「(女装)趣味なんだ」とAさんは思った。が、被告人が「女に性的関心はない」とも言うので「そうかな?」と半信半疑だった。被告人は「エスティシャンの資格を持ち、下着メーカーで働いていたこともあるので、体の歪みがわかる」と言っていた。事務所で被告人と二人で仕事をしていた時、「体が歪んでいるからマッサージしてやる。そこに寝ころびなさい」と言われた。Aさんは以前にも「体が歪んでいる」と言われていたことがあって断りにくく、カーペットに横になると、被告人がAさんの足首から太腿へと触ってきた。被告人は「パンティラインが悪い」と言ってAさんの太腿の付け根をマッサージしていたが、「ああ~、すべっちゃった」と指を中に入れてきた。立ち上がって「もういいです」とAさんが言うと、被告人は「見た目は男だけど、心は女だから」と言った。被害後、Aさんには「適応障害」の診断が出て、安定剤の量が増えた。その後、Aさんは退職したが、退職時、被告人には資格はく奪の権限はないにもかかわらず、「相談員の資格を剥奪する」などという、訳のわからないメールを被告人から受け取った。

Aさんは証人尋問で弁護人から「『心は女性』を信じていたのか」と質問され、「半信半疑だった」と答えている。また裁判官に「被害後の精神科医のカルテに『社長がヤバかった。レズかと思った』とあるが」と聞かれたAさんは、「怖かったことを伝えたくて被害のことを話した。『社長は“心は女”と言っていた』と言うと、精神科医は『“心は女”ということにすると、女同士だから“レズ”ということかな』と言った」と述べた。Aさんは「“レズ”という言葉を聞くと被害の記憶がよみがえる」と証言した。

②     弁護人が被告人に控訴事実を確認した。被告人は「マッサージをしたことは認めるが、パンツ内に手を入れたことはない。陰部に触ることがあったとしても手がすべっただけで『性的意図』はなかった。無罪である」と主張した(2017年の最高裁判決で「強制わいせつ罪の成立に性的意図は不要」と出ているので、「性的意図」がないことは無罪の根拠にはならない)。

③     判決

「マッサージと称して(被害者を)うつ伏せに寝かせ、抗拒不能に陥れてスカートに手を入れ、陰部を触るなどのわいせつ行為をした。『心は女性』であるはずの被告人からされた行為は『気味悪い』という(被害者の)証言は信用できる。いかなるマッサージも過失によって指が陰部に入ることはなく故意である」。

Bさんの場合 「行政サービス利用の認定区分を上げる方法を被告人からアドバイスされた」

①     Bさんは被告人の事業所の利用者だった。ママ友が被告人の事業所で働いていて、紹介された。Bさんは「不安障害」で精神科に通っていて、行政サービスを利用したいと思っていた。被告人は知識が豊富で制度利用にも詳しく、頼りになるとBさんは思った。Bさんは被告人から「心は女性なんです。性同一性障害で、解離障害もある」「心は女だから女性の身体に興味はない」と言われた。また、「エスティシャンやマッサージの資格があり、生理痛の改善もできる。下着メーカーで働いたこともあるので、バストアップ、ヒップアップも出来る」とも言われた。Bさんは、被告人から「行政サービスの支援内容を決める調査があるが、その認定区分を上げた方が、家事負担や病院代の軽減ができる」とアドバイスされ、「『失禁してしまう』『汚物処理ができない』ということにすれば認定区分が上がるので『トイレを汚しておく』ように」と言われて、それに従った(注2)。Bさんの認定基準を決定するため社会福祉士の訪問があり、被告人も同席した。社会福祉士が帰宅した後も、被告人はBさん宅に残った。Bさんは肩凝りがあるので被告人に腕のマッサージしてもらった。被告人は「生理痛に効く」と言って、Bさんの太腿の付け根から陰部まで触ってきた。そして「下着が合っているかどうか見たいから、下着姿で歩け」とBさんに言った。それに従うと、「下着が合っていない」と被告人に言われ、パンツを下げられ、再度歩かされた。被告人は「合っているのはワコール」と言った。Bさんには、被告人が、Bさんの下着が体に合っているかどうかを見るためにその恰好をさせたとは思えなかった。

Bさんは、ヘルパーのEさんに相談し、その後Aさん、Cさん、Dさんを加えた5人で会って相談した。被告人がとても恐ろしく、付け回されるのではないか、顔も自宅も知られているのが怖い、とBさんは思った。

②     弁護人が被告人に控訴事実を確認した。「マッサージしたことは認めるが、陰部に触ったことはなく、触ったとしても手がすべっただけで『性的意図』はない」と被告人は主張した。

③     判決 

「マッサージと称し、抗拒不能に陥れ、わいせつ行為をした」。

注2;
『暴力を知らせる直観の力』(ギャビン・ディー・ベッカー/著)は、「下心のある人間がてっとり早く相手の懐に入り込む方法」を以下のように紹介している。A.仲間意識の押しつけ(人の警戒心を解いて信頼を得て、操る手法・ほとんどの人は他人を怒らせないように礼儀正しく、親切にするよう育てられているので、仲間意識の押し付けに抗うことが難しくなっている)B.魅力と親切 C.レッテル貼り D.恩義を売り込む、負い目を感じるように、頼みもしないことをして恩義を売りつける E.ノーという言葉を無視する、ノーと言わせない、をあげている。Bさんは「認定基準」を上げるための方法を被告人からアドバイスされ、それに従ったことで、「恩義を売り込まれた」のではないだろうか?
知識が豊富で凄い人・「心は女性」だから「女同士だ」と仲間意識を押し付けられ、恩義を売られて、操りやすい状況に追い込まれた。

Cさんの場合 「過去に被害経験あり。マインドコントロールに近い状態。被告人に同情してしまった」

①     Cさんは被告人の運営する事業所の職員だった。採用面接後に被告人からわいせつ行為されるという体験をしたが、Cさん自身の被害意識が明確でないこと、前の仕事を辞めたばかりだったこともあって、被告人の事業所での仕事を続けた。仕事に関する被告人の知識は豊富だし、支援内容のレクチャーも凄いとCさんは思った。見た目は男性だが、「心は女性」だと被告人は言っていた。被告人は「ずっと女性になりたかった」と言い、自分の女装姿の写真を見せた。被告人の左手首にリストカットの跡があり、それを見てCさんは、被告人は過去に自殺願望があったのかと思った。「『心は女性』で苦労してきた」との被告人の言い分をCさんは信じ、被告人のことを「可哀想だな」と思った。利用者の自宅に同行した帰りの車中で、「仕事の合間に風呂やホテルで休憩することもある」と被告人が言ったが、「私はしません」とCさんが断ったというやりとりがあった。その後被告人はハンドルを切り、ラブホテルに車を入れた。Cさんは車中で待機するつもりだったが、被告人に誘われてホテルに入った。「わいせつ行為」をされたが、行為の後、被告人に「自分の身は自分で守らなあかん」と言われて、Cさんは混乱した。被告人が行ったことは性的行為ではないのか、被告人が「自分が女になりたいから」行った行為なのかとCさんは思った。被告人のところで働くのを辞めようかとも思ったが、夫に「また辞めるの」と言われ、もうしばらく様子を見ようと働くことにした。その後も数回、ホテルに同行した。「心は女性」は嘘だ、自分は被告人の性的対象になっているとCさんが思ったのは、被告人から「口腔性交」された時だ。はっきりと被害だと認識し始めたのは、Bさんから電話をもらい、Bさんの被害事実を知った時だった。被告人は、日頃から「警察に捕まっても抜け道はある」と言っていたこともあり、「(被害だと自覚するようになったからといって、急にこれまでと違う態度をとり始めたら)被告人から変な噂を立てられるのではないだろうか?」と思い、断れなかった。

②     被告人の主張 第12回公判(2023/12/11)弁護人が「Cさんとラブホテルに行ったのは何故か」と被告人に質問した。それに対して被告人は「セックスしたかった」と答えた(筆者…それなら「セックスしたいからホテルに行こう」と口に出して言え!と思う。現行の刑法なら、「セックスしたい」と正直に言わずにセックスをすることは、相手の同意を得ずにセックスをした廉で「不同意性交等罪」になる)。また、被告人は「Cさんとは同意があり、不倫関係だった」とも証言した。

本裁判では、以下に述べる、Cさんの心理鑑定をしたS先生の証言によって解明できたことが多かった。

③     S先生の証言(2024年1月18日/第13回公判)

・マインドコントロールに近い状態

Cさんは、自身の脆弱性と被告人の働きかけによる精神操作の結果「マインドコントロール様(マインドコントロールに近い状態)だった。Cさんは幼少時に面前DVを受けていて、ジュディス・ハーマンの『被虐待児の心理と精神分析』(筆者…このタイトルはS先生の証言によるが、ハーマンの著作には見当たらない)にあるように「(養育者に見捨てられる不安を抱えているので)他人の評価が気になる。迎合しやすい。他人の傷つきを見ると同情し、可哀想にと考える」、など受動性が強い。

・信頼と同情

Cさんは、職探しで被告人に会った。被告人のことを、「なんでも知っていて凄い人だ」と思った。また、被告人が障害者マークを身に着けているのを見たり、「心は女性」と言ったのを聞いたりしていたので、被告人に対して「女になりたかったんだ」「可哀そうに」という同情もあった。

・服従

被告人から別の職場を紹介されたが、結果的には被告人の職場で働かせてもらったという恩義もあり、被告人に服従するようになった。最初に入ったラブホテルでの一連の出来事について、被告人から「意識することはない」と言われ、意識する自分がおかしいのだとCさんは思った。業務経験証明書を被告人に書いて貰ったことで服従が強まった。

・社会的遮断

夫に相談しようとしたが、「もう辞めるの」と言われ、全部は言えなかった。

以上4つの要因が重なり、Cさんは被告人を批判できなかった。その後、「もう嫌だ」と思うことはあったが、被告人の巧みな言葉とCさんのパーソナリティである受動性が働き、被告人を拒否できなかった。「口腔性交」を迫られ、拒否したが、頭を掴まれて抵抗出来なかった。被告人に「体調が戻ってしまう」と言われ(筆者…「性的興奮が醒めてしまう」という意味だと思われる)、被告人が楽しんでいるのに私が嫌がってはいけないと、相手に合わせた。Bさんの被害を聞き、自分のことを被害者だと思い始めた。

④     判決 

「繰り返しホテルに行った理由についての供述は、実際に体験しなければ出てこないものである。『心は女性』を信用していたことは、心理鑑定の証言でも明らかである。ラブホテルで頭部を掴まれ、被告人の陰部に顔を押し付けられ、抗拒不能の状態に陥れられた上での口腔性交は、準強制性交等罪にあたる」。

4.加害者の「心は女性」が被害者に与えた影響を考える。


                     裁判傍聴記(下)に続く


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