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「日本は西洋の失敗から学び、トランスジェンダーの列車に飛び乗るのを避けるべきだ」

日本語版『クイーンになろうとする男』に向けての序文 (2022年)

                                   by マイケル・ベイリー

本稿は、生物学的女性の権利を守る会が、著者の承諾を得て翻訳したマイケル・ベイリー『The Man Who Would Be Queen』所収の「日本語版への序文」を転載したものです。『クイーンになろうとする男(The Man Who Would Be Queen)』をお読みになりたい方はここをクリックして、当会までご連絡ください。makibaka1225@gmail.com


●トランスジェンダーのタイプは1つではない

 現在(2022年)、米国、カナダ、西ヨーロッパ、オーストラリアの人々は、トランスジェンダーと性別違和に関する激しい文化論争に巻き込まれている。この論争はまだ10年も経っていないが、深刻で破壊的な結果をもたらしている。

 この論争の一方の側は新しい主張で、私はこれに対して一般的に反対しているが、次の通りである。

 トランスジェンダーは、認識されているよりもずっと高い頻度で存在し続けていた。トランスジェンダーは、正しく注意を払えば、本人もその家族も容易に認識することができる。自分をトランスジェンダーだと、間違って主張することは稀である。だから、私たちはその人の言葉どおりに信じるべきであり、できるだけ早く、理想的には小児期か思春期に、社会的・医療的に移行できるよう支援すべきである。

 この論争のもう一方の側は、私を含む多くの専門家のコンセンサスとなっているが、次の通りである。

 トランスジェンダーのタイプは1つではない。私たちは、様々なタイプを区別し、最良の判断をすべきである。

5歳以前に性別違和を発症した子どもを性別移行させることは有害

 小児期発症の性別違和は、幼児期(5歳以前)に初めて明らかになり、極端な異性の行動を現わし、しばしば異性になりたいという願望を示すことが特徴である。最近まで、このような願望は家族や医師にも支持されてこなかった。彼らの大部分は、性別違和の子どもたちを生まれながらの性別に適応できるよう努力してきた。そして実際、ほとんどの性別違和の子どもたちは生まれた性に適合してきたのである。それが、最近では、子どもの願いを叶えて社会移行させる(例えば、性別違和の息子を女の子として生活させる)親が増えてくるにつれて、変化してきたのである。このことが、取り返しのつかない結果をもたらす重大な医療介入への道を子どもに歩ませている。もし子どもたちが社会的移行をしなければ、医療的介入は回避できたはずだ。また、社会的・医療的にもう一方の性に移行した子どもたちを個々に見ると、自分の性に適合した子どもたちほど幸せそうに見えない。私は最近の傾向は有害だと考えている。

突然「僕は女性になりたい」と言うのは、ほぼ全てオートガイネフィリア

 第二の性別違和は、生物学的男性にのみ起こり、やや稀な症状であるオートガイネフィリアに起因するものだ。オートガイネフィリアの患者は自分が女性であると夢想したり、女性だと思うことで、性的に興奮する生得的男性のことである。典型的なオートガイネフィリアの男性は、通常、思春期からそれを現わす。それは性的なものであり、一般的にプライベートなもので、確かに親とは共有されないものである。幼少期に明確な性別の問題を経験したことのない思春期の男の子が、突然両親に、「僕はトランスジェンダーで、女性になりたいんだ」と宣言するほぼすべてのケースは、このタイプが占めていると私は考えている。オートガイネフィリアは数十年前から認識されているが、多くのジェンダー臨床家や患者からイデオロギー的に反対されている。理由は、「トランスジェンダーはセックス(注:ここでの「セックス」の意味については、本書『クイーンになろうとする男』191~192ページの脚注を参照されたい)ではなくジェンダー・アイデンティティのことであり、またジェンダー・アイデンティティのタイプは1つしかない」という、支持されている物語と矛盾するためである。この論争的な状況があるために、オートガイネフィリアの最適な人生の決定を導くのに役立つ研究は十分に行われていない。性別移行や性転換手術の恩恵を受ける人はいくらかいても、すべての人が恩恵を受けるわけではないし、恩恵を受けない可能性の方がずっと高いだろう。オートガイネフィリアについての事実を知ることによってしか、これらの重大な決断は恩恵をもたらすことができないのである。

過去にもあった、社会的に伝染する想像上の病気の歴史を知ろう

 トランスジェンダーと性別違和論争の最も破壊的な側面は、思春期の生物学的女性の間に新しいタイプの性別違和が広がっていることだ。このタイプの性別違和は、10年前にわずかに存在していたが、25年前には存在していなかったようだ。もっと研究が必要だが、想像上の病気が社会的に伝染したものである可能性が高いと思われる。この流行に巻き込まれている生物学的女性の大多数は、社会的あるいは医療的な性別移行によっても、納得できる救済は得られないのである。

 日本は西洋の失敗から学び、トランスジェンダーの列車に飛び乗るのを避けるべきだ。その列車は不毛な地へと向かうだろう。考慮すべき学びが2つある。1980年代から1990年代にかけて、アメリカ(と、それほど多くもないが欧米の他の地域)で猛威を振るった回復記憶と多重人格障害の歴史に目を向けてみてほしいと思う。これは、医師や活動家によって作られ、奨励された流行であり、間違った告発による家族の破壊や、性的虐待や多重人格障害の回復記憶を持っていると(常に間違って)信じた人々の人生の浪費につながった。第二に、イーサン・ウォーターズの著書『Crazy Like US』(Ethan Watters著)、[訳注:邦訳『クレイジー・ライク・アメリカ―心の病はいかに輸出されたか』阿部宏美訳、紀伊国屋書店]を読んでほしい。この本には、うつ病に関するアメリカの考え方が日本に広がり、日本人が自分の人生を解釈するうえで、どのような影響を受けたかについての項目がある(他の項目も読んでいただきたい)。

 日本を正気と健全さへと導き、不必要な精神的・肉体的苦痛から遠ざけることができるよう、幸運と成功を祈っている。


                         マイケル・ベイリー

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