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水のような、空気のような(『サキの忘れ物』)

昨夜、じんわりと感動して読了した本。


『サキの忘れ物』(津村記久子 著/新潮社)。

9つの短編からなる小説で、津村記久子さんの世界観が一冊に詰まっている。もし私が誰かに津村作品のおすすめを聞かれたらこれを紹介すると思う。

特に私の気に入りは表題作「サキの忘れ物」と「河川敷のガゼル」、「隣のビル」の3編である。

津村さんは、「何となく自分が周りから蔑ろにされているな」と感じている人物を描くのが大変上手い。先に挙げた気に入りの3作も、世界に馴染めない自分、寄る辺なさを感じている人物が登場する。(具体的には、学校を中退していたり不登校だったり上司からパワハラを受けていたりする)

私が津村作品を読んでいて「いいな」と思うのは、登場人物の置かれている状況が劇的に良くはならないところだ。勧善懲悪、正義は勝つ、といったストーリーは痛快ではあるけれども、現実とはかけ離れている場合が多い(むしろそれを楽しむ物だと思っている)。津村さんの物語はそうではなく、ただぼんやりと、自分が本当にこれをしたいと思ってやっているのかという自覚もあやふやで、流されるように日々生きている市井の人が、ほんの少しいつもと違うことが起きて、それを支えに(あるいはきっかけに)、つらいけどやっていこう、生きていこうとする。とてもリアルなのである。

だって、私達の毎日なんてだいたいそうじゃないですか。(笑)本当に就きたかった仕事なのか、なりたかった自分なのかを考えるには歳を取りすぎ、それでも生きることをやめてしまうわけにはいかず、たまにちいさな喜びを感じてなんとかやっている。

そういう意味で、タイトルにも書いたように『サキの忘れ物』は私たちの生活を書き写したもの、まるで水を飲むように、呼吸をするように、そばにあるものだと深く感じたのである。

蛇足だけれど、「真夜中のゲームブック」は内容というよりも趣向が楽しかった。アドバイス通りにメモをしながら読み進めた。途中、ひどいことが起きたり死んだりしたけど、新鮮なのでちゃんとやると面白いです。(笑)








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