『驚異の百科事典男』を読み終えた

なかなか読み進められずにいた700ページの本をようやく読み終えることができた。この気持ちよさに乗じて、少しでも自分のためになることをしておきたいので、簡単に感想を記してみる。

書誌情報

  • タイトル: 驚異の百科事典男 世界一頭のいい人間になる!

  • 著者: A・J・ジェイコブズ(訳: 黒原敏行)

  • レーベル: 文春文庫

感想など

著者のジェイコブズ氏は、アメリカの雑誌『エスクァイア』の編集者。子供の頃は自分のことを「世界一頭がいい」と思っていたのに、いつしか全く知的でなくなってしまったことを嘆いた彼は、一念発起して『ブリタニカ国際大百科事典』を購入、全巻読破を目指す。

本書は、各単語にまつわるいくつもの短いエッセイで構成されている。「A」から「XYZ」までの各項目を読み進めていく様子が時系列で記されているため、私もジェイコブズ氏の挑戦(のミニ版)を追体験しながら読んでいった。何しろ、文庫で700ページという大ボリュームであるから、いくら読めど先が見えない。ブリタニカのエッセンスだけでもこうなのだから、ブリタニカそのものを読み進めていったジェイコブズ氏の挑戦は、それだけで称賛ものである。

お堅いイメージのあるブリタニカだが、意外にも種々のトリビアとゴシップに溢れているらしい。例えば、デカルトは斜視の女性を好んでいた、など。取るに足らない話かもしれないが、ジェイコブズ氏はこういった記述を通読しながら、様々な思考を巡らせていく。
未知の事柄を知るのは楽しい。何と言っても自分の幅を広げることができる。私は常々自分の幅を広げたいと思っていて、そのために食べたことのない食材に挑むなどしているのだが、新知識を得ることも勿論大好きだ。何だって知らないよりは知っている方が、理解できないよりは理解できるほうが、よっぽど豊かであると信じている。そのため、ジェイコブズ氏の挑戦にはかなり惹かれた。

もっとも、氏の周囲はそうとも限らないようで、妻のジュリー氏をはじめとした親族に知識をひけらかしては辟易される、という場面は数多く登場する。確かに聞かされる側はうざったいだろうなとも思いつつ、私はどちらかというとジェイコブズ氏寄りの人間なので、同時に同情もした。知識を完全に自らのものとするためには、アウトプットも不可欠である。氏の「世界一頭のいい人間になる」という目標のためには、避けては通れなかっただろうなと感じた。

親族の話が出たが、この本は単にブリタニカ読破を目指す知識オタクの話というわけではない。勿論それが主題ではあるのだが、同時にジェイコブズ氏とその家族を巡る、割と赤裸々なエッセイでもある。
博識な父や義兄に対するコンプレックスと、それを打破するためのたゆまぬ努力に加え、本書で全編にわたって記されているのは、ジェイコブズ夫妻の子作りの記録である。不妊に悩むふたりは、時折ブリタニカに載っている子孫繁栄にまつわる伝承を試しながら、子供を作るために奮闘していく。当然ながら生々しくならない程度に記されているが、それでも結構開けっぴろげな内容なので、そこに抵抗を示される方もいるかもしれない。

とはいえ、この本は良書である。ジェイコブズ氏が丸1年かけて読破したブリタニカのエッセンスを、文庫判700ページで追体験することができる。謂わばこの本自体がミニ百科事典になっているのである。
それぞれのエッセイには、新知識とジェイコブズ氏周辺の人間模様が併記されている。解説を担当した鹿島茂氏の言葉を借りると「『ブリタニカ』を紹介しながら私生活のゴシップ的露出も交えることで、『ブリタニカ』の「読んで楽しい」という原則を踏襲している」(同書、p.698〜699)。
雑誌編集者ならではの、ポップカルチャーに根ざしたユーモアに関しては、正直言って分からない箇所もそれなりにあったが、それを差し引いても十分に面白く、また読み応えがある本だと感じた。先述した通りなかなか先は見えてこないが、ボリュームの割には読み進めるのが苦にならない。一つ一つの項目が長くなく、アルファベットごとに章立てされているのが大きな理由かもしれない。

既に絶版であるため、流通は古本のみとなっている。探してでも読む価値があるか、と聞かれたら若干答えに窮するが、少なくとも読んで損はしないはず。新しい知識を得る楽しさを教えてくれる、或いは思い出させてくれる本であることは間違いない。

終わりに

このnoteは一度頓挫している。当初は、どういう経緯でこの本と出会い、読んでいく最中にどんなことがあったか、といったことも交えようと思っていたのだが、それが良くなかったらしい。
そのため一度文章を全て消して、改めて書き直したところ、何とかそれなりに書き切ることはできた。クオリティについては全く自信がないが、少なくとも自分なりに文章を仕立て上げることが出来たのは進歩である。一旦は自分を褒めたい。

ジェイコブズ氏は、自らの衰えを挽回するためにブリタニカ全巻読破を志した。それを踏まえると、足りない部分を補うためには、やや大袈裟とも捉えられかねないような手段に出てみるのが良いのかもしれない。そう思って、私は今回この記事を書いた。
今まではただ本を読むだけ、読んだら終わり、という読書をしてきた私からすれば、感想を記事にするなんて大袈裟も大袈裟である。しかし、やってみれば案外なんとかなった。これは間違いなく良い経験だ。今後も良い経験を積み重ねていけば、多少は役に立つスキルになるかもしれない。
とはいえ、実利を目的として何かを行うことに関しては全く良い気持ちがしないので、それについてはあまり考えないことにするが、少なくとも「継続してみよう」という気にはなったので、今後も読了のタイミングで記事を書いてみようと思う。読まれるかどうかはさておき。

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