書評『生き物の死にざま』

動機付け

人間もいつかは死ぬ運命にある動物の個体の一つに過ぎない。私は過去に何度か死にかける経験や度重なる親族の不幸を経験した。その時に不思議と自身が生きている事を実感した。生き様と死に様に密接な関係があるのではないか。他の動物の死に様から人間にとっての死とは何かの答えを探るきっかけになるのではないかと思い、本書を手に取った。

新たに学んだ事

死は生物が創り出した画期的な仕組み

38億年前に生物が誕生してから28億年間に渡って、単細胞生物が細胞分裂する事のみで生物は生きながらえてきた。この頃の地球には酸素がほとんどなく、火山活動によって地中から噴出する熱水に含まれる硫黄化合物を分解する事で生物はエネルギーを得ていた。自身をコピーする事でしか繁殖しない単細胞生物は、コピーミスによる劣化や新たな免疫を持つ事はできないといった問題を抱えていた。そこで生物は個体を一度壊して、新しく作り直すという偉大な発明をした。個体をオスとメスに分断し、それらが遺伝情報を持ち寄って新しい個体を作る。この時初めて死と再生の二つのシステムが完成した。

我が子への愛情表現

ハサミムシの母親は、生まれたばかりの幼虫の餌として我が身を差し出す。蚊のメスは、卵に必要なたんぱく質の確保のために死の危険を冒して、動物の生き血を吸う。母ダコは産んだ卵が無事孵るまで数ヶ月かけて片時も離れず卵を守り続けた後に力尽きて死んでいく。

こういったエピソードを聞くと、どうしても繁殖がただの生物の遺伝子に組み込まれたプログラムであるとは思えない。人間は当たり前のように子育てをするが、自然界では子育てをする生物は一般的ではない。子育てという行為は、子どもを守る強さを持つ生き物だけに許された特権であると著者は言う。母は偉大である。

役割分担

集団で生活する生物の中には、「真社会性生物」と呼ばれる生殖しない階級を持つものがいる。主にハチやアリなどの社会性を持つ昆虫に見られるが、哺乳類でも数種類のデバネズミがこれに分類される。これらの生物は自分たちで作り上げた巣の中で、それぞれの個体が各役割を分担する事で生活をしている。少数の繁殖に特化した個体(中でもメスは女王と呼ばれる)と、それ以外の外から餌を持ち運ぶ個体や巣を作る個体、子どもを世話する個体などに分かれ、集団生活を営んでいる。さらに生殖能力以外の機能のない女王は生殖能力がないと一度他の個体に判断されてしまうとコロニー移動の際に容赦無く置いて行かれるため、決して女王と聞いてイメージするような立場にある訳ではなく、あくまで個体同士の共生関係にある。

生涯かけて手に入れられるもの

一匹のミツバチが一生かけて集める蜂蜜の量はスプーン一杯だという。世界の人々から働き蜂と揶揄される事もある日本のサラリーマンの生涯年収は平均二億五千万円という。億単位のお金だからものすごい金額に思えるが、札束にしてみれば事務机の上に簡単に置けてしまうし、大きなボストンバッグに入れれば持ち運べてしまうサイズだ。

外の世界を知らないということ

作中には、とある離島に住むおばあさんの話が出てくる。彼女は生まれてから一度も島を出たことがなく、出ることなく一生を終えようとしている。そんなおばあさんにとって、この小さな離島は世界の全てである。

ミノムシのメスは、オスとは違い、成虫になっても飛び立つ事はなく、巣の中に留まる。生まれてから死ぬまで一度も外の世界を知る事なく、最期まで巣の中で過ごすのである。

さて人間はどうであろう。日本人のほとんどが島国から出る事はない。たまに海外旅行に出かけるからといって、世界の何を知っているわけでもない。小さな巣の中にも幸せはあるのである。

不老不死を手に入れた先に?

誰しも不老不死に憧れを持った事は一度や二度あるだろう。だがしかし、それは本当に人間にとって幸せと言えるのか?

クラゲは不思議な形態変化を辿り、プランクトンからポリプというイソギンチャクのような生き物を経て幼生、成体となる。中でもベニクラゲという個体は不老不死を手にしたクラゲで、成体からポリプに若返る事で不死を手に入れた生物である。また、ハダカデバネズミは6ヶ月で成体になってから寿命が来るまで、外見だけでなく死亡率さえもほぼ一定で変わらない生物である。一般的な生物は細胞分裂を繰り返すと、細胞内の染色体にあるテロメアという部分が短くなる事が知られており、これが老化の原因とされている。ハダカデバネズミは、生物が自ら獲得した、不要な機能を退化、淘汰する仕組みを手放す事で不老を手にしたのである。

不老や不死を手に入れたベニクラゲやハダカデバネズミのような生活は一見優雅に見えるかもしれない。ただ、いずれの生物も他の生物に捕食される事もあれば、病気や怪我で死んでしまう事もあり、危険とは常に隣り合わせである。裏を返すと人間と違い自殺もできず、老化による体の不具合で死ぬ事は叶わないのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?