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なぜこの本を読んだ私は涙ぐんだのか?少年ジャンプ的な意味で「僕を絶望に叩き込んだ強敵とウィルソンさんが戦ってくれたから」…もちろん強敵というのはフー○ーデ○ダウィト○ンシュタイン

もっとも、私はいまや四十代の中年なので、

もう、今の若い人には伝わらない、「昔の怖い話」になっているかもしれない。

よって、そこからまず、説明しますが、

私が文系の大学に在学してた時、「ポストモダン思想を勉強してきましたエヘン」という先生達がたくさんいて、学生が何を言っても「フーコーいわく」「デリダいわく」「(たまーに)ウィトゲンシュタインいわく」の引用で語り、まったく意見を聞いてくれなかった。ほんっとに、何を言っても「バカ学生が」とニヤニヤされちゃう感じ、怖かったですよ、私はね。

しかもフーコーデリダウィトゲンシュタインを引用する「文系教授」は、「すべては言語ゲームの戯れで、あなたの考えていることも、自分で考えているつもりでしょうが、時代の流行に毒されているだけなのです、すべては無意味な戯れなのです」と、「私」を否定してくるんです。

過去記事でも何度も言う通り、私は小学生から高校生まで、自閉症を含めた様々な問題に苦しみつつ、何とか成長してついに念願の大学に受かった人です。ところがそれで入った憧れの大学で待っていた偉い先生が何とも学生をバカにした感じにニヤニヤしながら言ってきたことには、そうやって苦悩しながらぶつかりながら成長してきた「私」は、「近代社会の装置が見せている幻想で、『私』などというものはコンピュータが無意味な言葉の羅列を生成しているのと変わらない言語ゲームの戯れ」だそうです。

「何を言っているのかわかりませんが、、、もしかしてご自身も何を言っているのかわからなくなってませんか?」的なことを匂わせる態度をとってしまってから、私の嫌われ生活が始まりましたよ。でもしょうがないよね、ほんとに何言ってるかわからないのだもの、、、(言っとくけど私自身も、フーコーとウィトゲンシュタインについては、既に読んでいたのだが、「私が読解したフーコーやウィトゲンシュタインとなんか違うな?」と思うてた)

でもさあ、「すべては無意味な言語ゲームの戯れなのです」と主張している人って、ちゃっかり「誰からも論破されない安全地帯」にいない?ずるくない?私が何を言っても「君も、フーコーやデリダをちゃんと読みなさい、そうすると、すべては言語ゲームとわかるから」で返され、「では、先生の言っていることも言語ゲームですか?」と聞くと、「そうです!ニヤニヤ」となります。典型的な「最強論法」じゃないか!

そして何度も言うように、フーコー、デリダ、ウィトゲンシュタインは当時、葵の印籠のように圧倒的な、、、私のような若者にとって気が狂いそうなほど抑圧的な権威だった

※フーコー自身やデリダ自身、すなわち「ごほんにんさまたち」は、実は「反権威」的な方だという伝記的事項を知ったのはもう少し後です。ウィトゲンシュタインにいたっては自分が「権威として引用される」など夢見たこともないでしょうw私が↑ここで問題にしているのは「フーコー、デリダ、ウィトゲンシュタイン」を後光のように使っていたひところのポストモダンかぶれ世代な日本の方々のこと

だ、か、ら、なのですよ!コリン・ウィルソンの愛読者になっちまったのはw 私とて、コリン・ウィルソンといえばオカルト肯定派なサブカル系思想家でいろいろいかがわしい、とわかっていましたよ、わかっていたのに、私がコリン・ウィルソンを読んで涙が出たのは、、、

特に、『超越意識の探求』において、

なんとコリン・ウィルソンは、フーコーとデリダとウィトゲンシュタイン、すべてに正面から名指しで喧嘩を売ってる!

というのも、コリン・ウィルソンの言うところによれば、

「西洋哲学の悪いところは、先人が間違えたところを、数百年単位で『間違いでした』と訂正できないところであり」

「その意味で、現代哲学は、ヒュームとカントの豪快な間違いを、まだ訂正できずにいる」

とのこと。私に言わせれば喝采したい点!そして、コリン・ウィルソンが本書の中で、「先人の間違いを修正できずに、ますます間違いを拡大している」歴々として名前を挙げてるのは、

ヘーゲル
ショーペンハウアー
マルクス
ハイデガー
フーコー
デリダ
ウィトゲンシュタイン

ヤバいですよ!コリン・ウィルソン先生!この名指し糾弾リストはヤバすぎますよ!このリストの人たちに同時に喧嘩を売るのはあまりに危険ですよ!我が国、日本にも、この七人それぞれについて、狂信的に崇拝する「カルト的信者」はたくさんいるんですよw!ましてやヨーロッパでこれ言うって、、、間違ったら殺されますよw!

でも、、、

こういうところがコリン・ウィルソン先生、好きでした。よくぞ戦いを挑んでくれた!とうぜん哲学教授たちからは「あのサブカルオカルトオタクが!」とボコボコに反撃されたでしょうが、日本の片隅で「ポストモダン教授」の権力に苦しめられていた一学生はこの本に拍手喝采したわけですw

もちろん、私自身は、コリン・ウィルソンの、あまりにオカルトに寛容なところについては強烈に批判的です。ただ、それでも、少年ジャンプ漫画的な意味で、「僕が絶望的な戦いを強いられている時に、『おっと、こいつらの相手は俺に任せな』とばかりに現れてくれた」という、このカッコよさは、一生、忘れがたいのでした。

というわけで、、、私と同世代に多いと思いますが、何を言っても「言語ゲームがー」「エピステーメーがー」「脱構築がー」と怪回答を(やけに自信たっぷりに)返してくる権威主義者に自由な発言を封じられて苦しんだ人には、『超越意識の探求』は胸のすく本かもしれません。ただし!繰り返しますが、オカルトサブカル本であることには違いないと思いますので、そーいうのが嫌いな人には耐えられないかもしれない。また逆の意味で、こーいうオカルト話を信じすぎちゃう人にも、これはこれで、私は倫理的に、オススメはできない。

いずれにせよ「同時代の超大物哲学者に堂々と喧嘩を売る小気味よさはあっても、このコリン・ウィルソンご自身もまた別の意味で過激思想家であり、言ってることを鵜呑みにはできない」点は重ねてご注意下さい。

※あと、最後になるが、私自身はさっきの「リスト」の中で、実はハイデガーに関してはかなり好意的だったりする、、、が、これまた「危険」な話にきっとなるので、また別の機会に、、、

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