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どうしてYouTubeを検索しただけで「華厳経」の完璧な解説が手に入るのか?

「夢と現実」「現代に生きててなお起きる神秘体験」についてnoteでいろいろ話をしてきた私ですが、またしても、一見、突飛な話題に飛ぶように見えるかも、な話をします。

日本仏教の核のひとつ、「華厳経」についてです。

「なにー、また難しそうなテーマを!?」とページを閉じんでください、まあちょっとだけ茶飲み話と思ってお付き合いを。「日本仏教って難しいと思ってたが、あれ?そうでもないかもしれない」という、私の発見のオハナシです。

発端となったのは、前にも述べた、私のこの、2023年11月の不思議体験から。あれは、公園の散策中に、夢の中で告げられた通りにどんぐりを拾い持ち帰ったところをトリガーに、不思議な現象が起こりました。

で、そのあと、私はすっかり、公園の森の中を散策する習慣ができている。森の中を歩いていると、木とか、草花とか、あるいは小鳥のさえずりとか、そういう小さな生き物たちの息遣いを感じる、それがたまらなく、「ああ、我々は同じ自然界に生きているんだな」と微笑ましく感じるのが最近。もちろん、森の中を散策したおかげで謎の体験をしてしまって以来の、私の心境変化です。不思議な、私の、世界観の変容。

「あれ?でも、山や森の中を散策しているだけで、自然界の生き物たちへの『慈悲』の気持ちが湧いてくる、、、って、なんか日本仏教の伝統にそんな話、なかったっけ?なんか「森の中のひとつぶの小石にも、全宇宙が詰め込まれている」というような表現が、日本仏教にあったような???」

と思いつき、図書館でばばっと調べたら、ありましたね。

華厳経というやつですね。

日本史の教科書には、「奈良時代の南都六宗」とかで出てくる世界観です。まあ、なんのことはない、修学旅行でいく奈良の東大寺の大仏様、あれが実は「華厳経」の仏様です。毘盧遮那仏という、あれですね。

なんにしても、自分自身が最近、一人で到達した、「自然の中を歩いている時に、小さな命に無限の共感を感じる」という感覚が、私の孤独な思い込みというわけでもなく、日本仏教のキーワードともしかしたらつながるかもしれない、というのは、ちょっとした喜びでしたよ。

だが、、、私が今回、本当に驚いたのは、ここからです。

「では、その、華厳経という教えについて、簡単に入門したいなあ」と思いつき、YouTubeで検索したら、以下のような動画を見つけたのですが、

華厳宗のお坊さんが、華厳経の世界観の中枢にある「蓮華蔵世界」という考え方を解説してる動画なんですが、、、はっきり言って、図書館で見つけたどんな「日本仏教の解説書」よりも、めちゃくちゃわかりやすくて、ストンと理解できたw

なんですかね、最近のネット社会て!どんなことでも、YouTubeで検索すれば、ストンと勉強可能ではないですか!

にしても、「日本仏教の、しかも奈良時代の南都仏教の、しかも華厳経というかなりマイナーなお経」の解説すら、YouTubeで見つけることができ、しかも私のような仏教知識ゼロの人間にもわかりやすかったとは、、、ネット社会恐るべし!

ちなみに、ここで解説されている「蓮華蔵世界」というのが、まさに華厳経で出てくる、「どんな小さな小石の中にも、この宇宙全体と同じだけの無限の知識が詰まっている」という、豊穣な自然観です。こういう自然観は、日本人の私にはわかりやすいが、「インドとチベットと、そして日本には受け入れられやすかったのに、なぜか中国仏教ではその後あまりメジャーにならなかった」というのも、比較文化論として興味深い。中国の方には「無限」という話はあまりピンとこない?それとも「無限がこの中に入っている」といわれて「ああ、そうなのですね!」と簡単にわかった気になる我々日本人が変わり者なのか?!このあたりも引き続き勉強したいと思います。


子供の時の私を夜な夜な悩ませてくれた、、、しかし、今は大事な「自分の精神世界の仲間達」となった、夢日記の登場キャラクター達と一緒に、日々、文章の腕、イラストの腕を磨いていきます!ちょっと特異な気質を持ってるらしい私の人生経験が、誰かの人生の励みや参考になれば嬉しいです!