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「岸田奈美を越したい」は無謀なのか

この記事読んだ。
すごく悔しかった。
自分がここに名前が載らない程度の知名度であることに。(橘順さんは何も悪くないよ。)
というか、ありえないことだが、もしこんなことを書いて、同情で載せてもらっても絶対自分が納得しない。
このメンバーに名前を連ねたら不自然で不釣り合いなのが、自分で見ても明らかだからだ。

少なくとも、このラインナップに選ばれるためには、5桁フォロワーはいなければ話にならない。
現在(3月7日)、岸田奈美のフォロワーは、81,853 人いる。(だいたい東京都の狛江市の人口と同じくらい)
いまのぼくのフォロワーから逆算すれば、その差は約8万人。
今のぼくは、フォロワー1600人(だいたい鹿児島県の徳之島の人口と同じくらいだ)。
岸田奈美にとっての端数ですら超せてない、まだまだ恥ずかっしーなフォロワー数。

もちろん、フォロワー数だけがすべてじゃないという価値観も持ち合わせている。
でも、ぼくはnoteに全集中している。
noteに毎日全力投球している。
noteを更新しない日は、インプットをしているか、人と対話を重ねているかである。
そういう意味じゃ休みなんかない。
それなのに埋まらない差。
ほぼニートレベルの経済状況になりながら、それでもぼくはnoteにしがみつく。

しがみついて噛みついて、その過程で恨まれ、妬まれ、馬鹿にされ、
なにくそ見返してやるってそれでも喰らいついて、
何度ぶっ飛ばされても何度跳ね除けられても、それでもぼくはnoteにしがみつく。生きる執念をここに宿らせ、魂のモニュメントを樹立したのだ。

だから、ぼくは岸田奈美を超える。
これは宣戦布告だ。
もちろん岸田奈美になんの恨みもない、どころかちょっと好きまである。
マガジン買ってた時期もあるくらいだしな。おもしろかった〜。
それでも、岸田奈美が走ってるそこはやっぱりぼくでなければ、ぼくが納得できないのだ。
アスペルガー傾向が強いぼくにとっては、一番でないことが許せないのだ。

岸田奈美さん(ずっと呼び捨てごめんね)がエゴサの挙げ句、もしこのページに辿り着いたのなら、
全然京都行くし、今度かっしーと3人で会おうぜ
という超個人的なメッセージを残しておく。

絶対、超えてやるからな。
でもさ、岸田奈美を超す超す言ってるけど、具体的に超すってなにすんの?

「あっ・・」

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