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【短編小説】斜陽

いつのまにか好きになった
遠景を眺められる電車の窓

有線のイヤホンから流れる聴き慣れた音楽が
くたびれた空気を愛おしいものへと変換させる
この時間が何より幸せに思える

きみのいる町までどのくらいあるのだろうかと
揺られる扉の隙間からのぞく風にたずねる

今からでも行ってしまおうかと何度もそう思って
結局は駅に着くまでのあいだに冷静さをとりもどす

仮に行けたとしても
会いたかったと言える素直さを持ち合わせていない

小脇に抱えたミモザの束が揺れ やさしく握り寄せた
擦れて落ちた小さな黄色い綿が斜陽に照られされ
雪のように煌めいている

それは孤独とはかけ離れたところにある 
美しさを放っていた
あんなにも小さくあんなにも眩しい

春がもうすぐそこまできている
長い冬のおわりにどこか晴々としていた

流れ行く密集された古びた街並みの中に
数えきれないほどの暮らしがある

どこかの、誰かの、洗濯物が風に揺れている
枯れた植物が並べられただけのベランダも
空を見上げながら煙草を吸っている人も
そのどれもが一瞬であり一生のように思えた

腰掛けた一番端の席で、ジャケットにしまいこんだ
スマホをゆっくりとりだした。

瞬きをするように混じる斜陽が
背中でじんわりとあたたかい

春をインストールしたSNSには幸福の文字が似合う
フィルムカメラに映された
私の心はまだ冬を飼い慣らしたままなのだと知った


イヤホンからは懐かしい曲がリピートされ
忘れたくないことばかりが思い出される

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続きをもしかしたらゆっくり綴るかもしれません。  
       今はここでひといき。

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