残り物

 鯛の旬は、冬から春にかけて。とくに、早春の桜の咲く季節には「桜鯛」とか「花見鯛」と呼ばれて、その名も美しく、極上の味になる。
 俗に「鯛は目の下一尺」という言葉がある。全長が四~五十センチの、重さ二キロぐらいの鯛のこと。これが、最高の味だという。

 さて、そんな鯛を手に入れたら、どうやって食べるか?
 まずは、刺身。美しく、弾力のある身は、淡白な味で、いくら食べても飽きない。
 もちろん、塩焼きという手も捨てがたい。絹のように細くほぐれる繊維質の白い身。さらに、煮物だっていける。蒸し物もいい。
 鯛は捨てるところのない魚なので、皮、白子はもちろん、頭は、兜煮。骨だって簡単に捨てるのはもったいない。すっかり身を食べつくした骨で出汁をとれば、なんとも上品なお吸い物ができる。

 かつて、結婚式の引き出物の折り詰めには、必ず鯛の塩焼きが入っていたもの。すっかり冷めて硬くなり、正直いってあまり食欲をそそらない鯛の塩焼きをどうするか? 
 食通で有名な某作家は「鯛の塩焼き鍋」なんてものを作ったようだ。あの塩焼きを丸ごと鍋に放り込んで、煮立てる。そこへ加えるのは豆腐のみ。味付けは、酒と塩のみ。それを小鉢に取り上げて、薬味は刻み葱だけ。
 さすが鯛で、これがうまい!…という。

 さらに、もし刺身が残ったときはどうするか?
 これまた、その作家は、「即席の鯛茶漬」を作ったという。漬け汁は、卓上の酒に、山葵、みりん、それに化学調味料など、実に適当に自己流に作る。余った鯛の刺身はそれに漬けておいて、お茶漬にする。
 これまた、めっぽううまい!…という。

 思うのだが――、
 その某作家は「残った刺身」で自己流の鯛茶漬を作ったのではなく、鯛茶漬を食べたいがため、わざと刺身を残してたのではあるまいか?

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