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【雑記】通学途中で

午前9時4分。
東京メトロ有楽町線のH駅で、私は最後尾の車両に乗り込んだ。

すべての窓には鮮やかなピンク色のステッカーが貼られている。
通勤ラッシュは過ぎたようだが、
車内はかろうじて人と人とが触れ合わないですむ、という程度に混み合っている。
しかし、車両の天井はいつもよりも広く開き、遠くまで見渡すことができる。
座席に並ぶ足はどれもハイヒール。

ここは、女性専用車両である。


携帯電話を眺める人と読書に耽る人が、ほぼ交互に並び座っている。
座席の一番端の女性は手すりに体をもたせかけ、口を開けて眠っていた。

その先の優先席になぜか、グレーのスーツ姿の50代くらいの男性が座っていた。
黒くて四角い鞄を膝の上に置き、何をするわけでもなく、
ただ一点を見つめている。
おそらく、ここが女性専用車両だと気づいていないのだろう。
よく見ると、彼のちょうど真向かいの席にもまた、
彼と似たような風貌の男性が無表情で腰かけていた。


9時20分。
女性専用車両の終わりを告げるアナウンスが流れた。
優先席の彼は、左右に首を動かし、しきりにあたりを見廻している。

その直後、電車はI駅に到着した。
ドアが開くと、男性ばかりがゾロゾロと乗り込み、
一瞬にして車内を埋め尽くしていく。

天井は一気に狭くなり、
やがて優先席に座っていた男性は見えなくなった。


※「情景描写」をテーマに、2006年に書いた文章です。


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