『THE FIRST SLAM DUNK』の感動はノスタルジーなのか

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 公開前から話題にのぼっていた映画『THE FIRST SLAM DUNK』。ジャンプ黄金期に幼少期を過ごしていたわたしも、その動向を気に掛けていた。

 原作はすべて読んでいる。とはいえ小、中、高、専門学校ごとに出会う友人から全巻借りをする程度で漫画を所持してはおらず内容はうろ覚え、TVアニメ版は未視聴という、簡単に言えばにわかである。

 だが中学時代にバスケ部へ入ったのは間違いなく『SLAM DUNK』の影響だ。低身長でありながらスタメンで活躍する宮城リョータを見て、高身長と運動音痴がコンプレックスの自分でも、練習をすれば人並み程度にはなれるのではないかと希望を抱いたからだ。

 つまり『SLAM DUNK』は、こんなにわかの青春にも影響力を与えるほどの、社会的ブームを巻き起こした作品である。

 TVアニメ版を観ていないため、声優と主題歌が総入れ替えすることにもまったく抵抗はなかったし、そうなるものだろうと思っていた。憤りを覚える人たちがこんなに多いのかと驚いた。TV版と同じことをするならTVアニメ版を観ればいいじゃないかと思ったが、『幽遊白書』がリメイクされて蔵馬の声が緒方恵美さんではなかったらと考えると少し腑に落ちた。

 おそらく映画の製作チームもこの世間の反応は想定内であったと思う。それで井上先生がGOサインを出す映画なのだから、TVアニメ版とは違う手法で、まったく新しい感動を与えてくれるだろうとも思っていた。

 それが確信に変わったのが公開初日。「原作・脚本・監督 井上雄彦」の文字だった。原作ファーストのわたしは、観に行かなければという根拠のない使命感に駆られた。

 Twitterでちらほら見掛けた事前情報から、なるべく大きなスクリーンで観られる、人の少ない時間を選んだ。仕事や予防接種の影響で、実際に映画館に足を運べたのは12月29日だった。

 目の前に広がっていたのは、まったく知らない『SLAM DUNK』の世界だった。だが観ているうちに、いろんなことを思い出していった。そうだそうだ三井は昔こういうことがあってこうだったよね。桜木ってこんなやつだったし、流川にはこんなところがあった。ゴリ先輩はもっと大人だと思ってたけど、どうだったかな。

 しばらく会っていない旧友のことを思い出していく感覚に近かった。だけど目の前に広がるのはまったく知らないストーリー。新鮮なのに懐かしい、この感覚は一体なんだ?

 試合のアニメーションも臨場感にあふれ、本当にバスケの試合を観ている感覚に陥った。すると自分のバスケ部だった経験が蘇ってくる。忘れかけていたバスケのルールもどんどん脳内で鮮明になり「あ、フリースローだ」「プッシング!」「ここでスリーポイントだ!」とのめりこんでいく。バスケ部あるあるかもしれないが、シュートが決まったときよりも難しいパスが決まった瞬間のほうがテンションがあがる。思わず「ナイス!」と口走った瞬間があった。

 にわかとはいえ自分が以前から慣れ親しんでいる作品であるがゆえか、つねに「映画を観に来ている」という感覚がベースにあった。「まさかこの年齢になって、新しい『SLAM DUNK』を観ることができるなんて」という感動が何よりも大きかったのだと思う。心理描写も音楽の演出も素晴らしく、観ている最中に何度も「観に来てよかった」と噛み締めた。

 バスケのルールがわからない人が観ても迫力のあるアニメーションであるとは思うが、もしかしたらルールがわからなくて楽しめなかった人もいるかもしれない。だが心理描写も秀逸で、それぞれのキャラクターの人柄が台詞ではなく背中で描かれているのが印象に残っている。漫画という静止画作品を突き詰めてきた井上先生だからこそ、静と動を巧みに使った演出を作れたのだろう。

 小中学生時代の感覚が蘇ってきたのに、観終えた後に残ったのは「まったく知らない世界を観た」だった。『THE FIRST SLAM DUNK』は、思い出の世界ではなかったのだ。時代を超えて人々の心を熱くさせる「スポーツ」という題材も、それを手伝ったのかもしれない。あの世界は「今」だった。時代を超越していた。

 湘北のメンバーはあの時と変わらず高校生だったけれど、『THE FIRST SLAM DUNK』という物語は、間違いなく井上先生が、そして『SLAM DUNK』という作品が、長い年月を経てきたからこそ生まれたものだとも思う。あの映画にノスタルジー性はない。

 『THE FIRST SLAM DUNK』は「懐かしい」という感情ではなく、小中学生の頃に自分の身体に湧き上がった、フレッシュな高揚を生んでくれた。それは昔から知っている仲間が大人になって、小中学生の頃の面影を払拭するくらいばりばりと働いている様子を見るのと似ている気がする。そんな作品の主題歌が20年以上にわたり自分たちのロックを追求、進化させてきたThe Birthdayと10-FEETなのは、説得力しかない。

 もう一度劇場に行って観たい気持ちもあるけれど、あの一度だけで終わらせておきたいなとも思う。あの映画で得た感覚は、それほどまにでリアルな「実体験」だった。そんなふうに感じたのは、自分がにわかとはいえ、人生にスラダンが影響している人間だからなのだろうか。

 『THE FIRST SLAM DUNK』を観て、消えかけていた青春の炎に再び火が付いた。これはあのときの春の繰り返しではなく新しい季節、夏だ。20年前の青春なんかに負けてらんないよ! 2023年もがんばるぞ~!

最後までお読みいただきありがとうございます。