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(劇評)恐怖があたりまえになる恐怖

劇団暗黒郷の夢『まだ人間じゃない』の劇評です。
2024年4月28日(日)14:00 スタジオ犀

劇団暗黒郷の夢の第三回公演『まだ人間じゃない』は、フィリップ・K・ディックの同名小説をベースに、木林純太郎が台本と演出を手がけた作品である。

会場に入るとまず目を引くのが、壁につたう有刺鉄線だ。ところどころにぬいぐるみなどのおもちゃが刺さっている。舞台後方の中央辺りに通路があり、上手側と下手側は黒い布で覆われている。やがて上手側に置かれたボックスのところにフライシュハッカー(柳原成寿)がやってきて、本を読み始める。

人口増加対策として政府は「母体保護法」の改正を決定した。これはかつての中絶法を拡大解釈したもので、親が養育を希望しない12歳以下の子供は殺すことができるというものだ。一体、どこから人間は人間になるのか。政府は高等数学が理解できるとされる年齢、12歳をその境界線に定めた。12歳以下はまだ人間ではないから、殺してもいいということである。保護法によって、養育を希望されない幼い子供は施設に送られ、育ての親を待つとされる。

ウォルター・ベスト(金本夏奈)は、街で子供を施設へ送るトラックを見かけて恐怖する。自分もトラックに連れ去られてしまうかもしれないと。上手側の黒い布がカーテンのように開き、部屋が現れる。有刺鉄線が張られ、赤い光に照らされた部屋は、とてもではないが安らげる家の様子には見えない。あなたは12歳を超えているから連れていかれないと、母のシンシア・ベスト(松井萌華)は言うのだが、ウォルターの心配は消えない。その様子にシンシアは苛立ちを隠せず、たたんでいた服を有刺鉄線に投げつける。

街ではティム・ガントロ(廣瀬由芽)が、身分証明書を持たず、役人であるオスカー・フェリス(石川雄士)によってトラックに乗せられようとしていた。下手側の黒い布が開かれると、そこには金網が張られたトラックの荷台があった。息子に気付き、助けようとする父のエド・ガントロ(久村秀夫)。彼は自分も高等数学がわからないから連れていけと主張し、息子ともども荷台に乗り込む。トラックには既にフライシュハッカーがいた。大人をトラックで施設まで連れてきてしまったオスカーは、上官であるカーペンター(三毛乱十郎)に怒られる。何とかしてエドを帰さねばならない。彼らはウォルターの父、イアン・ベスト(宮下将稔)に電話をする。やってきたイアンは解放された親子に、一緒にカナダへ行こうと誘うのだ。しかし、背後から現れたシンシアとオスカーが、上手と下手の端から、有刺鉄線を反対側へと張る。×の字になった有刺鉄線が彼らの行く手を阻む。逃げることはできない。

何度か挙げている有刺鉄線が舞台美術上で大きな役割を果たしていた。明らかにその場所が危険だと分かることはもちろん、投げた物が刺さることで、恐怖感はさらに煽られる。そこに、赤を主にした照明と無機質なノイズのような音が加わって、不穏な世界観を強めていた。会場であるスタジオ犀は小規模な空間であり、作り付けのステージなどもない。その小さな場所で、工夫を凝らした舞台作りがなされていた点に感心した。

人口増加、中絶、虐待、国家による規制など、この物語から読み取れるテーマはいくつもあるが、その中で最も抽象的なものは「人間が人間になるのはいつか」ということだろう。いくら議論しても答えなど出ないような難問で、その時期が年齢や習得技能で一律に分けられるものではないことは一目瞭然である。しかし、そのような分別が国家によって平然となされてしまう恐ろしさをこの物語は描いている。そして、恐ろしい法であっても、決まってしまえば従わざるを得ず、従っているうちにそれは当然のものとなっていく。その恐怖をも描きだしている。このような状態が作り出される可能性を劇団暗黒郷の夢は伝え、また、それが起こるのはディックが生きた時代のアメリカに限らないことを、考えてみてほしかったのではないかと感じる。

気になった点もある。女性の描かれ方だ。そのような意はないものと考えるが、女性として登場し、中絶を願う人物がシンシア1人であり、また、男性達がカナダ行きを断念する理由は妻の存在であるため、女性が悪であるように見えてしまう危険性が感じられた。ここには中絶の是非という非常に繊細な問題が含まれているため、原作から大きな改変をするとなれば、より丁寧な対応が必要になる。しかし、原作小説が発表されたのは1980年のようで、その作品を元にして、今、上演するとなれば、特に男女の表現においていくらかのアップデートは必要だと感じた。人はいつから人になるのか。生まれてくる命を人が選別してもいいのか。その選別は法で規制されてもいいのか。法で規制されるとはどういうことか。それに従う、あるいは従わないとは。そんな難問の最適解を探さねばならない人間は、男女を問わない。

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