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"持続可能なまつり"を創る

釜石よいさ復活に見る"不撓不屈"の精神

 コロナ禍で2020年から通常開催を見合わせていた「釜石よいさ」が復活する。
 まちの中心部を会場に東日本大震災をはさんで30回以上重ねてきたよいさ。今回の舞台は、市北部の鵜住居地区にある「釜石鵜住居復興スタジアム」に決まった。よいさ=街なかだったし、地方の祭りは町の中心部で行われるのが一般的だから、釜石市民だけでなく、地元紙(岩手日報)でこのニュースを見た人は驚いたかもしれない。
 縁あって7月に運営関係者を集めて開かれたキックオフミーティングに参加した。その場で、うのスタ開催を決めたプロセスがとても丁寧に説明された。聞きながら、このよいさ復活の過程には、今日までいくつもの困難に直面し、その都度、地域の人たち自身が試行錯誤してその壁に立ち向かってきた釜石の真髄が詰まっているのではないかと心を打たれたと同時に、その検討と議論の過程についての説明責任を果たそうという関係者の姿勢はこれからの地域にとってとても大切なものだとも感じたので、雑ではあるがここに記録しておきたいと思った次第。

うのスタという決断

 私は2014年から釜石に住んでいるが、これまでのよいさには出たり出なかったりで(釜石に住む前から出ていた「盛岡さんさ踊り」と日程がかぶるなどの事情があり……)、少なくとも主体的に運営にかかわる立場ではなかった。
 しかし、最近になって、釜石の地域づくりに取り組む「NEXT KAMAISHI」という団体に入ったことで状況が変わった。NEXTは、震災によって一度途絶えたよいさの復活に大きくかかわってきた団体であり、今回はNEXT含めて3団体で実行委員会を作りよいさを運営することが決まったのだ。
 運営体制が変わったこととともに、会場が中心部から鵜住居復興スタジアム(うのスタ)に変更になることを初めて知らされた時は正直、「街なかでやるのは色々たいへんだから仕方ないよね……」というくらいの認識しかなかった。この時点では、まったく自分事として受け止めておらず、決まったことだから消極的に賛成という受け止めだった。
 けれど、何回かNEXTの会議でこの話題について聞くうちに、関係者がどれだけの議論を重ねて「うのスタ」という選択をしたのか、また選択するために街なか開催とうのスタ開催でどれだけコストが違うのか、どれほど集客に影響するのか検討を重ねてきたのかを知り、よいさをもう一度創り上げていくための覚悟を知った。

結論ではなく試行錯誤の過程なんだ

 そして、「うのスタ開催」は結論ではなく、これからの「釜石よいさ」のあり方を模索していくためのひとつのトライアルであるということも知った。
 同時に気がついたのは、街なかで繰り広げられているのがよいさなのだという自分自身の固定概念であり、きっと震災後のよいさ復活にかかわってきた人たちもたくさんの検討や議論を経て、もう一度街なかでやろうという選択に行き着いたんだろうということだった。
 広げて考えると、私自身は2014年から地域の色々なことにかかわっていながらも、よいさや釜石まつりやそのほかの地域の行事は「すでにあるもの」で、あることが当たり前になっていたんだという当事者意識の薄さにも気づいた。誰かが始めて、創り上げて、途絶えたところから復活させてきて、意志と試行錯誤があって初めてこれからも続いていく、それが地域の行事なのだということを知ってはいながらも、あまりピンと来ていなかったのかもしれない。
 キックオフの中で3人の実行委員長からは「(うのスタ実施は)消極的な判断ではなく、持続的な釜石よいさのための挑戦」という言葉や「よいさは製鉄の高炉の火が消えるという危機的状況に直面し釜石の先輩たちが立ち上げた祭り。地域ににぎわいを取り戻そうとした先輩方の志を忘れてはいけない」というメッセージが伝えられた。
 人口減少という大きな流れの中でこれまであったものを続けていくこと。それは大きな挑戦であり、今年の正解は来年の正解ではないかもしれない。常に変化しながら答えをつかみ取り、その時どきの正解にしていくこと、それが"不撓不屈"ということなのかもしれない。

釜石よいさは9月23日!

思いがけず長文になったが、言いたかったのは
今年の釜石よいさは
9月23日に釜石鵜住居復興スタジアム 
で行われるということ。

きっとこれから先も続いていく釜石の郷土の歴史の1ページになるだろう。

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