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懐かしい行進曲はちょっぴり苦い思い出


関東の学校では、体育祭は5月に開催されることが多い。
少なくとも、私の母校と近隣校はGW明けの開催が多かった。


GW中、母校のそばを散歩していたら、吹奏楽部の練習が聞こえてきた。
合奏練習ではなく、パートごとに分かれて譜面読みを進めているところなのだろう。
金管、木管、さまざまな楽器の音があちこちで鳴っている。
そのちぐちぐはぐな音の連なりに、一気に吹奏楽部に在席していた頃の空気が蘇ってきた。

練習中の締め切った部屋は蒸していて、なんとなく息苦しさがあった。
かちかちとメトロノームが規則正しく拍を刻む音と、パートリーダーの先輩の号令に従っていっせいにブレスするあの感じ。
制服のスカートは部の規則で膝丈と決められていたりと、雰囲気は文化部というより体育会系だった。

なんて懐かしいんだろう! 当時は窮屈に思っていた縦社会や規則すら、大人になった私には微笑ましかった。


聞こえくる様々な楽器の音を、耳を澄ませて拾っていく。
頭の中でいくつかのフレーズを組み合わせて、思わず「あ!」と声が出た。
私も演奏したことがある、マーチだ。

この頃になると、体育祭の入退場曲になるマーチを猛練習していたっけ。
うちの吹奏楽部は学校行事ごとに演奏の役割が振られていた。
そのせいか、部活動なのに仕事めいたところがあって、演奏が一定レベルに達していない部員は行事よりも演奏の練習を優先させられるのだ。

たとえば、体育祭で応援団への立候補を希望する部員は、立候補前に顧問の先生のテストに合格する必要があった。
暗譜で入退場曲や校歌を演奏するというそこそこ重要な使命があったので、人の応援する前に自分のことちゃんとしろ、ということである。

私の母校では、応援団は応援ダンスを考えたり、目立つ場所で踊ったりする。母校では選別リレー選手についで花形だ。
もちろん私もやりたかった! 
運動音痴で体育祭は戦力外通告に等しい私だったので、応援くらいは目立ちたかったのだ……。


そんなわけで、当時の私はマーチを猛練習していた。
曲は全日本吹奏楽コンクールでその何年か前に課題曲になっていた「式典のための行進曲『栄光をたたえて』」。
顧問の好みだったのか、入場行進の演奏は毎年この曲が選ばれていた。

テストは、二人一組で顧問の前で暗譜で演奏するというものだった。
誰だって上手な相手と組みたいものだ。組み合わせのくじ引きの時点で大騒ぎだったのを覚えている。

私のパートナーはフルートのセカンドを担当する同級生だった。
私と一緒だと聞いて、相手は大層喜んでくれた。
自慢ではないが、サックスパートの中で一番と言われていたし、私も自分でそう思っていた。
私たちなら絶対に合格だねー! なんて笑って、自信満々だった。


テスト当日も、私たちは余裕綽々でいどんだ。
大きなミスもなく、暗譜で演奏をやりきった。
このテストは暗譜できているか否かのテストだから、終止記号まで乗りきった私たちは合格のはず。

どうだ、とドヤ顔で顧問を見る。
あれ? なんか険しい表情だ。一転して固唾を飲んで結果を待っていると、フルートは合格。
アルトは残って、と私だけ残されてしまった。

アルトサックスのファーストを任されていた私からするとちょっとした晴天の霹靂。
今振り返ると、天狗になっていたわけで恥ずかしい限りなのだが、その時はまったく心当たりもなく、顔全面に?マークを浮かべていたことだろう。

「明日もう1回チャンスあげるから、メトロノームつけて練習してきて」
顧問は言った。
私はまだ理解できていなかった。自分が不合格だということを。
はて、と呆然としている私に、顧問がとどめを刺す。
「テンポがぐちゃぐちゃ。これじゃあだめ」
そこまで言われて、ようやく私は悟った。私だけ失格じゃん、と。

それでも、その深刻さは理解していなかった。
普段温厚で有名だった先生にしてはひどい言われようだったと思うのだけど、私はあっけらかんとしていて、メトロノームつけて練習すりゃおっけーってことね~くらいに捉えていた。
テストはあくまで暗譜の可否が重要だと信じていたのかもしれない。

そんなわけで、いまいち顧問の言葉が響かないまま、私は自主練を開始した。
お供は、ゼンマイ式のかちかちと振り子が左右するアナログのメトロノームである。今は電子式が主流って本当なのだろうか。


翌日、私は無事にテストに合格できた。
あっさり合格できて、なんだこんなものかと淡々としていたのだけど、顧問からの質問攻めに苦笑することになる。

「昨日とは別人」「いったいどうやって練習したのか」「昨日はひどかった」「ひとりよがりだった」「必死であわせようとするフルートが本当にかわいそうだった」的な、散々なディスりを受けた。
合格したのになんたる言われよう。

言われたとおりメトロノームつけて練習しただけだわーい!
とは言えず、たしか大人しく答えたはずのだが……。
まったく自覚がなかっただけに「そんなにひどかったのだろうか、昨日の私」と、不合格をもらった昨日よりもずっと凹んで帰宅したのだった。


はるか昔の話だ。
なのについこの前のことのように鮮明な記憶に笑ってしまった。

あのときのマーチが今も受け継がれているのだと感慨深い。
懐かしいメロディーで蘇った、ちょっぴり苦くて恥ずかしい思い出。
すっかり大人になった今でも、自分のことだからこそわからないこと、気がつかないことってあるよね、と思う。
なんでテキトーにやればできると思わないで、謙虚に真面目に生きよっ! と気が引き締まったGWだった。

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