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「将来の夢は?」の模範解答って何。

わたしはこの質問、小さい頃から苦手だった。

なりたいもの、やりたいことなんて無限に出てきてしまう性分だからだ。

例を挙げてみれば、宇宙飛行士・お花屋さん・建築士・デザイナー・保育士・歌手・キャビンアテンダント・タレント……とにかく興味のあるものはなんでもやってみたかった。成り方さえわからなかったけど、夢を語っていた当時のがきんちょだった私は、“夢は叶うもの”と信じて疑わなかった。


がしかし、大学3年生の時に鬱病と診断された。
当時は就活が始まる時期だったから、周りの学生たちよりももっとずっと、大波のように焦る気持ちが、私を迷走の渦へとさらに奥深くまで巻き込んでいった。

「わたし、このままだめになるのかな」
「生きてく価値ないのかな」
「…むしろこのまま壊れてどうにでもなれたらいいのに」
と、後ろ向きな考え方しかできなかった。

あの頃はただただ休息を取るしかできず、とにかく寝て、好きなものを食べて、好きなコトから元気をチャージするしか、わたしには生きて行くことへの希望を見出せなかった。



生きるとはなんだろう。

よく人の役に立つこと、とか感謝されること、など人様あっての人生だと謳われることが多い。それはそれで大いに素晴らしいことだと思う。

だが、最近出会った人が、「人生は自己満なんだよ」と言っていた。

自己満であり続けることは難しいことだと私は感じる。
人様の目線がどうしても気になったり、噂話には耳を塞ぎたくても無意識に傾けてしまう。誰かの評価で決まるんだよね、なんて私の崇拝するアーティストでさえ言っていた。

でもさ、いくら人様ファーストで生きている人だとしても、自分の選択肢の連続で今の人生があるのではないだろうか。
あの人には親切にしよう、だとか、この人には常に笑顔で接していたい、だとか。全部が全部、I want toの連続じゃないか。



だからさ、もっと「◯◯したいでーす!」「やりまーす!やってやります!」みたいなテンション感で生きていたい。

将来の夢なんて一つに絞ることない。なりたいもの、やりたいこと全部やっちゃおう精神の方がよっぽど性に合ってる。


そんなわたしは、「マルチポテンシャライト」の人なんだと最近気がついた。

だからこれからもわたしは自由気ままに生きていくのさ。


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