見出し画像

帰りたい場所、還りたい刻

 還暦という区切りまでもう少し。
 生後すぐに母親を。
 二十歳そこそこで父親を。
 早くに失ってからの、根無し草のような生活で、アルバイトの傍らで廉価な原稿と写真ばかりで暮らしていた頃。小説家の道は細くて険しいものでした。
 まだ自分の可能性を、無自覚に確信していた時代でしたね。
 それでも家族への渇望があり、家庭を持ったのが30年も前。
 きちんとそれぞれに誕生日ケーキが用意された日々でした。
 妻との時間を楽しみ、鳩を追って走っていく娘を見守る日々。妻が珈琲を淹れてくれる芳醇な時間は、潤いがありました。
 その長崎も遠く、幻の街になりました。

これは20年前、このケーキ屋さんも閉店しています。

 今では長崎は郷里帰りではなく、観光に行く場所になりました。
 帰りたい街は記憶にしかなく、現実との断層を思い知ることもあります。鬼籍に入られた方もおられるし、看板が掛け変わった馴染みの店も少なくありません。
 

 また明日より帰郷します。
 そして選択肢が沢山あった頃からの、佳い女子とまた語りあうつもりです。性差を超えた、友情と恋愛の狭間にある感情です。
 友人のフランス🇫🇷人のマダムからも要望があったので、昨日はケーキを3本も焼くことになりました。
 私が島から出ると聞きつけて女子会にお呼ばれもしました。
 そこでもきっとフライパンを振る夜になるでしょう。

 とは言っても。
 何やら充実した生活のようであっても。
 帰りたい場所、帰りたい刻はあの日々ではないかと思うのです。
 

我ながら還暦男の手業に見えない。


島の野菜を満載で。

この記事が参加している募集

恋愛小説が好き

一度は行きたいあの場所

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?