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伏見の鬼 7

 夜更けになった。
 総司は引付座敷で冷酒を置いていた。
 手酌では杯も進まないが、元来が酒が好みではない。
 冷めたそれをただ眺めていたが、例の若衆がおずおずと寄ってきた。この手の若衆は座敷では太鼓持ちを兼任している。愛嬌のある表情をしているが、目には遠目の色がある。付かず離れず、それが信条なのだろう。
「もう冷めてしまったが、どうだ、一献」
 へっ、と額をぺしゃりと掌で叩き、きちんと膝を揃えて座る。猪口を掴んで若衆に渡して、なみなみと注いだ。
「へえ、おぉきに」と大仰な会釈をする。
 歳の頃は三十台半ば、総司の師である近藤よりも年長であろうが、瘡蓋かさぶたの浮いたような黄色な肌で滋養が取れてはいない。前歯も歯抜けだらけで、手首も折れそうに細い。
 そこへ拍子木の音がする。
「お侍さま。これはよい処に。そろそろ花が咲きますれば、御不浄などはよろしゅうございますか」
 かまわぬよ、という風情で、総司は半ば残った徳利と付け出しの煮つけを彼の前にそっと進めた。

 二階の別部屋に通された。
 左右を向くと調度類も同じ風だが、鏡合わせのように反対側になっている。それでも次の間には寝具があり、そこに娼妓が平伏している筈である。
 開けば先夜の如く、錦糸が踊る墨錦の留袖が畏まっている。ずけずけと踏み込んでその娼妓の前に立つ。
 華美な花魁衣装を纏ってはいるが、その肩は細く幼い。
「約束を果たしに来た」
 娼妓が総司の足指にそっと手を置き、そこからついと表を上げて仰ぎ見る。上目遣いを保ちながら、彼女の上体が伸びていく。
 総司は膝立ちになる。
 紛れもなくこの女である。
 肉がまだ実らず、土の匂いがまだ残る。
 そうして女の背を手繰り寄せて、突然に口吸いを始めた。
 あら、という言葉さえ舌でねじ込んだ。後ろ手で帯を緩め、肩から晒すように剥いだ。白い白粉肌の向こうに、やや浅黒い地肌が見える。羞恥のためか女はそれを隠そうとする。
「隠さずともよい。それが嘘偽りのないお主の身体じゃ」と総司が耳元で囁く。そのまま寝具に倒れ込んでいく。その肩筋を総司は嗅いだ。
 おれの眼に狂いはない。
 総司も片肌を脱ぐと、慣れた手つきで下から女が手を貸し始めた。

 床のなかで足を絡めている。
 肌に浮いた汗は既に引いた。
 むしろ布団で互いの温もりを確かめている。
「嬉しいでごんす。またお呼び頂き」
「約定したではないか、明日も上がると」
「裏を返した方が、殿御さまであるとは」
 同じ娼妓を指名することを裏を返すという。さらに徳利を勧めたときに、若衆に泊まりと告げている。
「そちにな、付け届けがあってな」
 来ていた隊服を手を伸ばして引きずり、その袂からくだんの紅と白粉の入るはまぐりを取り出した。それを一瞥して女は身を起こして嬌声を上げた。
「んぁまぁぁ、殿御さまでごじゃったか、わちきに付けて下さっていた御方は」
 成程、この女は浪士隊の羽織を知らぬ。つまりは芹沢一派の御手付きではない。それだけでも愈々いよいよ好ましい。
 さらに蛤の送り主も知らぬと見える。
 この女の肌にある紅と白粉、その味と香りは同種である。
 愈々面白い。
 


 

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