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ホームベーカリーと書いて

本気と書いてマジと読む。
魚影と書いてサブマリンと読む。
三日坊主と書いて、ホームベーカリーと読む。

ホームベーカリー。
「買った瞬間がときめきの最大値で結局すぐに使わなくなる調理器具選手権」があれば、間違いなく優勝候補の一人だと思う。
ジューサーやヨーグルトメーカーなども注目選手だろう。ゆで卵メーカーのコンディションも非常にいいと聞いている。

ホームベーカリーは、「三日坊主」であり、「挫折」ではない。
まだ挫折のステージにすら立てていない。挫折より一段低い。
近いニュアンスとしては「意志薄弱」だろうか。

意志薄弱。
物事を選択または実行しようとするこころざしや決断力が弱く、自分の考えを保てず、人の言動に左右されやすいさま。(goo辞書より引用)

私か???
自分の名前を呼ばれたかと思った。
病院の待合室であれば完全に診察室に入っている。

去年、職場の上司から結婚祝いでホームベーカリーをいただいたのだが、最初の数回使用したきり、長らく台所で埃を被った状態になっていた。(ほんとすみません)

自分で欲しいと言ってありがたく頂戴したにも関わらず、三日坊主と書いてホームベーカリーと読むそのポテンシャルを存分に発揮させてしまう結果となってしまった。
さすが優勝候補なだけはある。この子はまだ伸びますよ監督。

なぜだろう。
ホームベーカリーには、「どうせ続かない」「すぐに飽きる」「なんかもうめんどくさい」「パンぐらい買うわ」という、志のあまりよろしくないイメージがまとわりついている気がする。

「ホームベーカリー」という単語を耳にしたときの、なんならちょっと鼻で笑ってしまうような、あの嘲笑めいた感情はいったいどこからやってくるのだろう。

その答えは、おそらくすでに出ている。

「どうせ続かない」「すぎに飽きる」
この対象とされているのは、真に嘲笑されているのは、ホームベーカリーではない。

自分だ。

何をやっても長続きせず、すぐにあきらめ、誰に対してかもわからない言い訳ばかりが上手くなる、三日坊主で、意志薄弱な、まぎれもない自分自身だ。

子どもの頃から「継続して物事をやりきる」ということができなかった。

習い事を始めては辞め、部活動では全力を出し切らず、かといって勉強面で努力をするわけでもない。
なんとなくで入った大学はなんとなくで辞め、代わりに目指そうとした道も結局なんだかんだ理由をつけてあきらめるという、ここまでくると逆に「途中でぶん投げる」という才能があるとさえ思えてくる。だとしたら私はその世界の神童である。将来が楽しみだなあ。
ちょっと書いててしんどくなってきた。一回横になりたい。

このうえ、ホームベーカリーも使い続けられないって、なに……????
自分、マジでなんなのだ……??
それはもう本当に、なんか本当に「駄目」なのではないか……???

たぶん、ホームベーカリーの下には、もう、降りられる段差がない。
その後退しようする足の先に、能動的に何かをやりきる、と定義できるようなステージは、もうほとんど残っていない気がする。
三食ご飯を食べるとか、夜は寝るとか、息は吸って吐くとか、そういう生物学的な最終ラインがそろそろ見えてきてしまう。

なんにも続けてこれなかったけど、せめて、せめてホームベーカリーぐらい続けられる人間でありたい。
なんでもいいから、もうこれ以上自分のことを嫌いになりたくない。

そう切に思った私は今、ホームベーカリーを使っている。
自分でもびっくりするほど、まあまあ使っている。

毎週金曜夜に材料をセットし、土曜の朝に焼き立ての食パンを食べる生活をかれこれ3か月ほど続けている。
継続している。

気分がいい。
少なくとも土曜の朝は気分がいい。
そしてパンも出来上がる。

三日坊主の代名詞であったホームベーカリーが、日々の生活リズムにしっかりと組み込まれている今の状態は、精神衛生上とても健康にいい。

よく「筋トレは自己肯定感の向上につながる」と言われるが、私にとってのホームベーカリーが、今まさにそれである。
焼けば焼くほど、ふっくら仕上がったパンの数だけ、自分のことがちょっとずつちょっとずつ好きになっていく。何かが「大丈夫」になっていく感覚がたしかにある。
そしてなにより、休日の朝にパンの香りで目が覚めるのは思ったよりも最高だという喜びに気づけた。人の目覚めはこうあるべき。

ホームベーカリーは、自分を写す鏡だ。
今の私にとって、三日坊主と書いてホームベーカリーとは、もう読まない。その逆もそうだ。まだ腰を浮かせそうにはなるけれど、意志薄弱では、ないと思う。

ホームベーカリーと書いて、ホームベーカリーと読む。
この向き合い方ができている今は、心身ともに健やかで、鼻に嬉しく、耳まで美味しくいただいている。


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