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散髪トークバトル

散髪中、美容師さんと楽しく会話ができる人に憧れる。

あそこの中華屋が美味しいだとか、最近駅前にできたパン屋がいい感じだとか、地元ならではの情報交換をしながら散髪の時間を楽しめる人に、めちゃくちゃ憧れる。次に生まれ変わったらああなりたい。

私は散髪中の会話がとても苦手だ。
だって、まあまあな他人である美容師さんと一対一、しかも鏡越しという日常生活ではありえない特殊なコンディションで、なんか、その、テンパリません!?

洗髪時の「お首の位置はよろしいですか?」に対して、「はい」の一言で済ますのか、「はい、大丈夫です。」まで言い切ったほうがいいのかレベルのことを気にしてしまうし、「お首…」ぐらいの段階で(くる…!)と変に身構えてしまい、「…nハイ」という、半日砂漠で過ごしてきたような返事をしてしまう。そしてお首の位置もさほどよろしくはない。

「最近お仕事は忙しいんですか~?」の、いわゆる散髪トークにおけるジャブに対してもそうである。
「アッ、そうですね~…まあまあ、忙しい、ですかね~、へへっ」などという、今自分で書いていても恐ろしいほどつまらない、そして驚くほど生産性のない返しをしてしまう。
まるでカウンターになっていない。何をヘラヘラしとんねん。

完全に自意識過剰なのは承知しているが、なにかしらの上手い返しや、面白エピソードトークをしないといけないのではないか、「こいつの話マジ退屈だな乙」とか思われていないだろうか、「話もつまらねえし、髪型もこんなもんでいっか!」と美容師の気まぐれカットをされてしまわないだろうか、そんな無用な心配で頭がいっぱいになり、前述の空洞のような受け答えで会話が終了してしまうのだ。

私にとって、散髪中の会話は戦いに近い。
美容室とは、自分は髪の切りがいがある、それに見合う面白い人間であるということを証明するための、美容師さんとのトークバトルを行う場なのである。(トークバトルを行う場ではない)

そして、この散髪トークバトルに私は長年負け続けている。
「負けはしたが、いいファイト、だったぜ…!」という互いの健闘を讃えられるような気持ちのよい試合すらできたことがない。私のファイトマネーは未だゼロである。

だからというのもあるが、美容師さんにはどうか、どうか全力で髪を切ってほしい、髪を切ることのみに集中してほしいと願ってしまう。
会話をしながらだと、「髪を切る」というアクションに対して、本来持っているはずの100の力を割り当てられていないのでは?と思ってしまうのだ。

もしも会話に10、髪に90の配分がされているのであれば、今すぐその口を閉じて髪に100を注いでほしい。
こんな私のどうしようもない話に相槌をうたせることで、あなたの貴重なプロの技術を10も消費させてしまうのが本当に勿体ない。技術の損出とはまさにこのことだ。もっと自分を大切にしてほしい。

ということで、最近新しく通いだした美容室では、初回アンケートの要望欄にある「できれば静かに過ごしたい」に堂々と〇をつけるという決断をした。

情けない。
戦いのリングにそもそも立たないという、誇り高き散髪戦士としては非常に情けない選択だが、もうこればっかりはしょうがないのだ。私はこれ以上この戦いについていけそうにない。天さんごめん。

かくして、今の担当の美容師さんは黙々と髪を切ってくれている。私の髪に100で向き合ってくれているであろう、まさに理想の状態である。

であるが、こういうときに本当に面倒くさい性格をしている自分を呪いたくなる。

そうなったらそうなったで、隣で楽しそうにトークバトルを繰り広げているお客さんと自分とを比較して、必要最低限の会話しかせず、終始目を瞑って寝た風を装うという小賢しい技を繰り出している自分が、とてつもない異常者なのではないかと思えてきてしまうのだ。

そうなるとこの異常者は大変である。
「できれば静かに過ごしたい」と高らかに宣言したにもかかわらず、無謀にも自らまたリングに上がろうとするのだ。やめておけよもう。

しかしそこは異常者、こちらから口火を切るような愚かな行為はしない。

寝た風から起きた風を装い、「あれ?…あー、うわー寝ちゃってたわー、完っ全に寝ちゃってわー。あれかなー、仕事の疲れが出ちゃったかなー…え?いや全然?全然話しかけてもらって大丈夫ですよそんな全然、全然大丈夫ですよいや寝ちゃったわー」顔で美容室さんの方をチラチラ見るという大技を繰り出すのだ。

これにより、会話をする意思はあるが、たまたま、たまたま今日は寝ちゃったんだよね感を出すことが可能となる。
そう、私は「会話ができない」のではない。「できるがしない」のだ。ここを混同してもらっては困る。

そしてこの大技を披露した結果、

特に、

何も、

変わりなく、

いつも通り、

「どこか気になるところはございませんか?」「ア、ハイ、ないです。」の高速ラリーを合図に、試合終了のゴングが空虚に鳴り響くのであった。

これからも私は戦い続ける。
私の散髪トークバトル道はまだまだ始まったばかりだ。それは厳しく、きっと険しい道のりであろう。
だが、ひとつだけわかっていることがある。

基本100の出力で切ってもらっている私の散髪の仕上がりは、ここ数年の中でも、とびきり満足な出来栄えであるということである。



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