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◇15. 学校図書館での日々(2)

シリアから来た子どもたちは、それぞれ学年やクラスが割り当てられ、デンマーク人のクラスメートと授業を受けたり、休み時間を過ごすようになっていた。

チェスの子たちの姿を見なくなってから、今度はスカーフを被った別の女の子が、休み時間に毎日ひとりで図書館へ来るようになった。彼女は毎日、毎回、休み時間とお昼休みにやってきては図書館のPCの前に座り、あれこれ検索したり、動画を見たりしていた。

毎日休み時間に必ず図書館へ来ることが気になりつつも、言葉でのコミュニケーションがまだ不十分な様子だったので、下手に声をかけて「来てはいけない」と言っていると思われたら良くないし、と思っていたら、ある日、彼女の方から声をかけてきた。

「アラビア語 音楽 探して」

YouTubeを開いたPCを指さしながら、彼女は小さな声でわたしを見てそう言った。てっきり見たいものを検索して見ているのだと思っていたから、このお願いには少し驚いた。

カウンターから立ち上がり、彼女が使っていたPCの前に座り、検索する。動画はすぐ、いくつも出てきた。

「たくさん出てきたけど、好きな歌手を探そうか?」

そう言ってみたけれど、女の子の表情はすでに明るくなっていて、「ううん、これ、わたし聴く。OK。ありがとう」そう言うと、彼女はPCの前に笑顔で座った。ヘッドホンを付けると、画面にくぎ付けになりながら、音楽を聴いている。

その様子は、長い間走り続けて、やっと水道の蛇口から冷たい水が飲めた人のようだった。

スカーフを被ったこの子は、その日から図書館へ来る度に同じことを頼みにカウンターへ来るようになった。アラビア語の音楽を。それ以上の会話はなかった。わたしは毎日PCで動画を探し、彼女はそれを見た。膨大な量の動画から聴きたかったものを探せていたのかはわからない。でも毎日、彼女は動画にくぎ付けになりながら、音楽を聴き続けた。

******

「さわぐり~、元気?何してんのー?」
そう言ってにこにこしながら休み時間にやって来るのは、別のシリア出身の女の子、アミーナだ。アミーナは16歳。デンマークで生まれ育っていれば卒業間近な学年だけれど、彼女はまだ7年生。難民として11歳でデンマークへやってきて、そこから初めてデンマーク語を学び、いくつか学年を下げてデンマーク人のクラスメートと一緒に学んでいる。

「今度4年生のブックトークで使う本を選んでるよー。アミーナは元気?」
そう尋ねると、アミーナは話し始めた。

「さっきドイツ語の授業だったんだけどさー、もう難しくって。全然わかんない。ドイツ語ってさ、そもそもデンマーク語と近いじゃん?ズルいよね、あたしなんかデンマーク語だけでも必死なのに、英語とさらにドイツ語ってほんっとムリだよー。でも免除してもらったら普通科高校に進学できなくなるからって、ママが辞めないで続けなさいっていうんだ。物理化学の授業も難しくって。デンマーク語で言われてもよくわかんない。英語でもわかんないし」

まだ5年しか暮らしていないこの国の言葉で、こうやって流暢に状況を説明できるのだから、子どもの言語習得力ってすごいなぁと思う一方、どんどん難しく抽象的になっていく学校の勉強は、やはり日常会話と同じようにはいかないのだと気づかされる。

何かわたしにできることはないかな、、そう思いながら聞いていると、おしゃべり好きなアミーナは、突然話題を変えて、

「さっきさ、0年C組の子たち来てたでしょ?あたしの弟いたのわかった?かわいいでしょー!毎朝教室に送って行くんだ。学童のお迎えもあたしがしてるんだよ、ママは保育所の仕事で忙しいから」

そうなんだ、知らなかった、今度しっかり見とくね!と言った瞬間、休み時間が終わるチャイムが鳴る。「あ、戻らなきゃ」そう言うアミーナに、物理の勉強が難しいようだったら、アラビア語で説明してある本を公共図書館から取り寄せられるけど要る?と声をかけると、図書館の出口に向かいながら「考えとく―、ありがと!」と言って、彼女はスキップしながら教室へと帰って行った。

アミーナと入れ違いに、ピカチュウ男子キャスパーと、彼のクラスメートのトムが「さわぐりー、この前予約した本、まだ来ないのー?!」と言いながら元気に図書館に入ってくる。休み時間の後は4年C組の図書館の時間だ。2人の予約本を確認しようと立ち上がると、スカーフの女の子と目が合った。にこっと微笑んだ彼女は、静かに教室へと戻っていく。すれ違いにC組の子たちが賑やかに本を抱えて図書館へ入ってきた。


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