見出し画像

【鳥取寺社縁起シリーズ】「因幡堂縁起絵巻」(23)

 【鳥取寺社縁起シリーズ】第二弾として、「因幡堂縁起絵巻」詞書部分の注釈・現代語訳をnoteで連載いたします(月1回予定)。

 〔冒頭の写真は、鳥取県立博物館『はじまりの物語ー縁起絵巻に描かれた古の鳥取ー』の表紙(「因幡堂縁起絵巻」の一場面)です。〕


■寺社縁起本文・注釈・現代語訳

__________________________________  本文(翻刻)は、『企画展 はじまりの物語ー縁起絵巻に描かれた古の鳥取ー』〔鳥取県立博物館/2008年10月4日〕の巻末「鳥取県関係寺社縁起史料集」のものを使用しています。

 ※「因幡堂縁起絵巻」の概要は第1回をご覧ください。

**********************************

【 第十七段 】
仁治三年の秋の比、※和泉國に亡目の僧
ありけり目の見えさる事をかなしみて
上洛しつつ毎夜當寺に参詣して薬
師経を讀誦する事日数ふる程に内陣
より黒衣の老僧出ましまして針をもちて
目をさし給と夢に見てうち驚きたるに目
あきらかに成りにけり住所は五条町邊に
ありき行住坐臥に讀けるあひた異名
には薬師経の僧とそ申ける

※テキストの本文(翻刻)は「、」となっているが、絵巻本体の写真にはない。

→仁治*三年の秋の比、和泉*國に亡目*の僧
ありけり。目の見えざる事をかなしみて
上洛しつつ毎夜當寺に参詣して薬
師経を讀誦する*事日数ふる程に内陣*
より黒衣の老僧出ましまして針をもちて
目をさし給ふと夢に見てうち驚きたるに目
あきらかに成りにけり。住所は五条町邊に
ありき。行住坐臥*に讀みけるあひだ異名*
には薬師経の僧とぞ申しける。

〈注釈(語の意味)〉
・仁治(にんじ・にんち)…鎌倉中期、四条・後嵯峨天皇朝の年号。延応2年7月16日(1240年8月5日)改元、仁治4年2月26日(1243年3月18日)寛元に改元。
・和泉…(「和泉」は713年(和銅6)の詔により2字にしたもおで、「和」は読まない)旧国名。五畿の一つ。今の大阪府の南部。泉州。
・亡目=盲目…目が見えないこと。
・讀〔=読〕誦…(「読」は経文を見てよむこと。「誦」はそらでよむこと)声を出して経文を読むこと。読経(どきょう)。
・内陣…神社の本殿や寺院の本堂で、神体または本尊を安置してある部分。
・行住坐臥(ぎょうじゅうざが)…《仏教語》行くことと止まることと坐ることと臥すこと。戒律にかなった日常の起居動作をいう。転じて、日常、ふだん。
・異名(いみょう・いめい)…本名とは別に付けられた名。あだな。

〈現代語訳〉
仁治三年の秋の頃、和泉の国に盲目の僧が
いた。目の見えないことを悲しんで
上洛しては毎晩この寺に参詣して薬
師経を読み上げるというのを何度も行ったところに(本尊を安置している)内陣
から黒衣の老僧がおでましになって針で
(僧の)目をお刺しになるのを夢に見てはっと目が覚めると目
が見えるようになった。(僧の)住まいは五条町あたりに
あった。普段から(僧は薬師経を)読んでいたので別の名
では薬師経の僧と申し上げたという。
                  〔「因幡堂縁起絵巻」(23)おわり〕

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?