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【鳥取寺社縁起シリーズ】「因幡堂縁起絵巻」(26)

 【鳥取寺社縁起シリーズ】第二弾として、「因幡堂縁起絵巻」詞書部分の注釈・現代語訳をnoteで連載いたします(月1回予定)。

 〔冒頭の写真は、鳥取県立博物館『はじまりの物語ー縁起絵巻に描かれた古の鳥取ー』の表紙(「因幡堂縁起絵巻」の一場面)です。〕


■寺社縁起本文・注釈・現代語訳

__________________________________  本文(翻刻)は、『企画展 はじまりの物語ー縁起絵巻に描かれた古の鳥取ー』〔鳥取県立博物館/2008年10月4日〕の巻末「鳥取県関係寺社縁起史料集」のものを使用しています。

 ※「因幡堂縁起絵巻」の概要は第1回をご覧ください。

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【 第二十段 】
文永六年夏の比周防國の住人大内介か
家人弥源次守真といふ者身の内に底瘻と
いふ難治の所労あり凡なへての人治すへき
やうもなかりけれは薬師醫王の方便にあらす
ば平癒しかたしとてトテ※七日當寺に参籠して
種々にいのり申けれは第六日寅時夢に御つし
よりたうとくけたかき御僧出て給て香水を御
手に持ちて礼堂の通夜の衆に面々の手に
入給その時守真心中におもふやう我こそこの
日比参ろう仕たれは先給はるへきにと思ひけ
るにみな人には手に入つ汝は口をあけいれむと
仰有るとおもひて口をあきけるに御てつからかたし
けなく口に入給ふにあまき事かきりなし三度
給はるに三と舌うちすとおもふにやかて夢さめて
口の内にあまき事四五日まて失はさりき則ち所
労平癒し無病自在の身とそ成にける

※1 テキストの本文(翻刻)は「トテ」となっているが、絵巻本体の写真にはない。
※2 テキストの本文(翻刻)は「参ろう」となっているが、絵巻本体の写真では「参ろふ」で、この部分「参籠」となるか。

→文永*六年、夏の比、周防*國の住人・大内介*が
家人*・弥源次守真*といふ者、身の内に底瘻*と
いふ難治の所労あり。凡そなべての人治すべき
やうもなかりければ「薬師醫王の方便にあらず
ば平癒しがたし」とて七日當寺に参籠して
種々に祈り申ければ第六日寅*時、夢に御厨子
より貴く気高き御僧出で給ひて香水を御
手に持ちて礼堂の通夜の衆に面々の手に
入れ給ふ。その時、守真心中に思ふやう「我こそこの
日比参籠仕り*たれば先給はる*べきに」と思ひけ
るにみな人には手に入れつ。「汝は口を開け入れむ」と
仰せ有ると思ひて口を開きけるに御手づからかたじ
けなく口に入れ給ふにあまき事かぎりなし。三度
給はるに三度舌うち*すと思ふにやがて夢さめて
口の内にあまき事四五日まで失はざりき。則ち所
労平癒し無病自在*の身とぞ成りにける。

〈注釈(語の意味)〉
・文永(ぶんえい)…鎌倉中期、亀山・後宇多天皇朝の年号。弘長4年2月28日(1264年3月27日)甲子革命により改元、文永12年4月25日(1275年5月22日)建治に改元。
 ※甲子革命(かっしかくれい)…陰陽道(おんようどう)で甲子(かっし)の年をいう。この年には変乱が多いとして、日本では改元するのが例であった。
・周防(すおう)…旧国名。今の山口県の東部。防州。「すは」とも。
・大内介(おおうちのうけ)…武家の八人の介の一つ。
 ※八介(はちすけ)…秋田城介(出羽)・三浦介(相模)・千葉介(下総)・狩野介(伊豆)・富樫介(加賀)・大内介(周防)・井伊介(遠江)。
 ※介(すけ)=(次官=助の意)律令制の四等官(しとうかん)の第二位。官司によって文字を異にし、国では「介」。
・家人(けにん)…家来。奉公人。
・弥源次守真…筆者の力及ばす詳しいことがわからなかった。
・底瘻(ていろ)…「瘻」とは「首のあたりに出るはれもの。」、「底」には「奥深いところ。」〔日本国語大辞典〕という意味があるので、ここでは、喉の奥深いところにできた腫れ物のことを言ったか。
寅…昔の時刻の名。今の午前4時頃。また、その前後約2時間。
仕(つこうまつ)る…「行う」「なす」を聞き手に対してへりくだっていう。いたします。
・給はる=賜(たまは)る…①「受く」「もらふ」の謙譲語。いただく。ちょうだいする。②「与ふ」「授く」の尊敬語。お与えになる。くださる。〔全訳古語辞典〕
・舌うち…うまいものをたべた時のしぐさ。したつづみ。
・自在…束縛も支障もなく、心のままであること。思いのまま。

〈現代語訳〉
文永六年、夏の比、周防国の住人・大内介の
家人・弥源次守真という者が、身体に底瘻と
いう治療の難しい病気を持っていた。だいたい誰も治すことができる
手段もなかったので「薬師如来のお導きでなけれ
ば完治は難しい」といって七日間当寺に参籠して
様々にお祈り申し上げたところ第六日の寅時に、夢の中で御厨子
から貴く気高き僧がお出ましになって香水を
手に持って礼堂に籠った人々それぞれの手に
お入れになる。その時、守真が心中に思うことには「私はここ
何日も参籠いたしましたので最初にくださってよかろうものを」と思った
ところで他の人々には皆(香水を)手に入れ終わった。「お前は口を開けて入れよう」と
おっしゃると思って口を開けたところ僧ご自身の手でおそれ多くも
口にお入れになると(香水の)甘い味はこの上ない。三度
くださるのに対して(守真は)三度(うまいと)舌つづみを打った思ったらそのまま夢から醒めて
口の中の甘い味が四、五日は消えなかった。そうして病
気は完治して病のない思いのままの身となった。
                  〔「因幡堂縁起絵巻」(26)おわり〕

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