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途上国研究から見るギリシャ危機(2015)

途上国研究から見るギリシャ危機
Saven Satow
Jul. 07, 2015

「金を背負うロバなら、近づくことのできない砦はない」。
マケドニアのフィリッポス2世

 2015年7月5日に実施されたギリシャの国民投票の結果に関して、その原因を国民性に求めて解説する論者がメディアに登場している。しかし、それは専門家ではない。ずぶの素人だ。彼らは学問的根拠もなく、経験と直観で語っているにすぎない。こうした傲岸無知がメディアを徘徊していることは恥として見るべきだ。

 今回のギリシャの投票結果は途上国研究の一般的理解を用いるだけで説明できる。国民性が原因などいう意見は自分は知的怠惰だと言っているに等しい。

 途上国はしばしば財政逼迫に陥る。財政赤字の一因として税制の未整備を挙げることができる。近代税制が整備されていないと、遺産相続社会であるので、貧富の格差が大きく、固定化されている。政治にはカネがかかるため、政治家は富裕層が多くを占める。彼らは身を切ることをしたくないので、票目当てのバラマキは行うが、格差是正の税制改革は進まない。

 途上国は軍事政権や独裁が続いた経緯もあり、民主主義の経験が少ない。そのせいで、政治家の近代的統治能力が未熟なこともある。また、国民の民主主義へのコミットメントが高くない場合もある。

 税収が小さいのだから、社会保障制度も未整備である。地縁もしくは血縁がセーフティー・ネットの機能を果たす。何かあっても国に頼れないのだから、伝統的相互扶助に助けを求めざるを得ない。

 緊縮政策は貧困層に痛みが大きい。金持ちはいつもうまいことをしているのに、そのへまのツケを貧乏人の自分たちがなぜ払わなければならないのかと納得できない。貧困層の不満が爆発、緊縮政策など絶対に支持できないと抗議運動が始まる。

 途上国の貧困層は余裕がないので、生活苦は死につながる危険性がある。デモは容易に暴動に発展する。そこで破壊や略奪が起きる。途上国の政策担当者は、先進国と違い、このリスクも想定していなければならない。途上国の舵取りは慎重さが要求される。先進国のように気楽に大胆で迅速な改革など実行できない。

 途上国は手っ取り早い失業対策として公務員の採用枠を増やす。公務員の仕事の目的は国民生活の幸福の実現への貢献など抽象的である。民間企業であれば利潤追求が目的であるので、仕事が売り上げ増加につながる。公だが、務員の仕事は歳出の削減や歳入の増加で評価されるわけではない。給与による消費の底上げ効果はあるにしても、公務員の増加は飛躍的に経済を成長させない。

 景気がよくなったら、一時的に採用した公務員を民間に戻すことが必要だ。しかし、公務員増加は経済をそれほど伸ばさないので、民間の求人も増えない。これでは公務員数は減らない。

 将来に期待もしくは先送りするため政府は公務員の給与を抑え、その代わりに年金を厚くする。当座の財政負担は小さくてすむが、退職者が増えると、逼迫していく。緊縮財政には公務員数の削減と年金の減額が入らざるを得ない。

 財政規模が小さいので、政府がサービスを提供する際の財源は税収だけに頼れない。国内貯蓄も少ないので、国外から借金をすることになる。外国の債権者は債務者からの支払期日の延長を求められると、緊縮財政を要求する。国の遺志判断が外国からの指図によって左右されるとして、それは国内のナショナリズムを刺激する。

 内閣が緊縮財政をとろうとすると、国民が反発、野党もチャンスとこの流れに同調する。その際、ナショナリズムが扇動される。政権は総選挙に追いこまれ、有権者は野党に投票、政権交代が起きる。ところが、統治を担当すれば、現実的にならざるを得ず、緊縮政策を採用する。有権者は公約違反だと抗議行動を始め、野党も政権攻撃を激化する。内閣は持たなくなって、総選挙が行われ、政権交代が起きる。これが繰り返され、政権は安定しない。

 以上のような状況は中南米諸国など途上国で広く見られる状況である。これを参考にすると、ギリシャの国民投票の結果の予想もその理由も理論的に推測できる。国民性など必要ない。

 ギリシャを先進国と見るのは適切ではない。途上国研究の知見の方がその動向の理解の助けになる。途上国の教えることを日本の識者ももっと学ぶべきだろう。
〈了〉

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