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ドメイン投票方式と子ども選挙(2024)

ドメイン投票方式と子ども選挙
Saven Satow
May, 05, 2024

「子どもたちの発達段階の中では、思春期に至る前から政治家というのが信頼できる人なんだなと実感を持って過ごすことが非常に重要なのです。例えば、北欧の学校教育などで政治家とふれ合うような行事が設けられているのはそのためでもあるのです。( 今回の「こども選挙」で)自分であればこういう政治家に投票したい、そのほうが地域、自治体や国がよくなるんだという手応えを持ちながら投票に行くことができると考えています」。
末冨芳

1 ドメイン投票方式
 民主主義における選挙は1人1票を基本原則とする。しかし、ジョン・スチュアート・ミルは、普通選挙の実現を支持しつつも、それが「多数派の暴政(Tyranny of Majority)」を招く危険性があると指摘する。彼は、『代議制統治論(Considerations on Representative Government)』(1861)において、代表制民主主義について全国民が平等に代表され、選ばれた代表者によって全員が等しく統治される制度だと主張する。ところが、こうした知識が有権者の間で不十分であるため、少数派を無視して多数派が自分たちの利益を追求することだと認知行動している。

 そこで、ミルはこの多数派の暴政を防ぐ方法をいくつか提案する。その一つが知識人に2票の権利を与える複数投票制である。代表制民主主義を真に理解する知識人は国民全体の平等な代表を考えて投票する。彼らに労働者たちより多く投票権を与えれば、多数派の暴政、すなわちポピュリズムを防止できるだろう。

 ただ、これは共和政ローマにおける貴族と平民の関係を思い起こさせる。少数派の貴族は元老院を通じて統治を行い、多数派の平民は民会によって自らの階級利益を実現しようとする。ミルの提案は普選という民主政を複数投票制という貴族政によってけん制する制度である。これは民主主義と言うより、共和主義だ。

 また、ミルの制度は完成主義を復活させている。前近代は政教一致であり、有徳者が統治をすれば、理想的な政治が実現すると考える。しかし、政教分離の近代はこうした完成主義をとらない。邪悪な人間が権力を握ったとしても、その野望を阻む制度を設計することを目指す。けれども、ミルの提案は知識人が公明正大であると仮定されている。エージェンシー理論による検証など不要だというわけだ。

 ハンガリーの人口統計学者兼経済学者ポール・ドメイン(Paul Demeny)が提唱した「ドメイン投票方式(Demeny voting)」もこの複数投票制の一種である。これは社会保障をめぐる世代間格差改善や少子化対策を政治に促すために考案された投票制度だ。少子高齢化が進展しているのに、選挙権は成人に制限されている。これでは将来世代のための政策が後回しになってしまいかねない。持続可能な政策を政治家や政党に実施させるには、選挙年齢に達していない子どもたちにも投票権を認める必要がある。もちろん、全未成年者に実際に投票させるのは現実的ではない。そこで、有資格年齢未満の子どもは親権者が投票を代行することとする。それは保護者が複数の投票権を持つことを意味する。これは多数派の暴政を抑制する目的でミルが考案した投票方式に類するものだ。

 ドメイン投票方式はドイツで実施に向けて議論されたことがあるが、日本での知名度は決して高くない。ところが、吉村洋文大阪府知事がこの制度に言及し、にわかに注目される。

 吉村知事は、2024年4月25日、記者団に向かい、個人の持論とした上で、「0歳児に選挙権を与えるべきだと思っている」として、それを日本維新の会のマニフェストへ提案したいと述べている。彼は民間団体「人口戦略会議」が消滅可能性都市として発表した744の自治体の中に大阪府下の自治体も含まれていることを記者から問われた際、「もっと次の世代のことを考えた政治をやるべき」であり、「0歳児から選挙権を持つべきだ。そうすると、若い世代に政治家が向くことになる」と言い、その上で実際の投票は保護者などが代理で行使することになると持論を展開している。

 国際的には右派ポピュリズム政党と位置付けられる維新の共同代表がドメイン投票方式を肯定的に語るのは、いささか奇妙である。この制度は多数派の暴政に対する抑止を起源とするからだ。

 しかし、ドメイン方式の課題について考えると、この疑問は解消する。この制度にはエージェンシー理論の問題の克服が難しい。子ども1人と保護者1人の場合でもそうである。選挙は秘密投票が原則である。公開性が認められていない中で、エージェントの保護者はプリンシパルである子どもの利益に沿った行動をするかは確証できない。

 次に、ドメイン投票方式において子どもと親権者の人数がどのように票に反映するのかを検討してみよう。子の人数を保護者数で割り、その解を保護者の票数にそれぞれ加算する。子どもが1人で、保護者が2人の場合、親権者には自身の票に1/2票を合わせた持ち票となる。しかし、0歳児は意思表示できないのだから、これでは子どもの票は保護者に吸収されてしまう。しかも、親権者の投票先が異なる可能性もある。かりに保護者が事前に話し合って投票先を共通にしようとすれば、それは秘密投票の原則に反する。

 票の分割ができないとしても、やはり困難である。保護者が2人で子どもが1人の場合、どちらが代行するのかが問題になる。その子が0歳であるなら、意思を伝えることができない。保護者2人が相談して決めれば、秘密投票の原則を守れない。また、どちらか1人が代行すれば、なぜその人なのか客観的に規定することが難しく、それが果たして子どものための投票なのか確かめられない。さらに、子どもの数が2人以上の場合でも、同様の問題が生じるだけでなく、保護者の間で割り振りをするとしたら、その根拠が妥当であるのか問われる。

 現在の日本では宗教2世を始め保護者による子どもの人権侵害が後を絶たない。この制度は保護者に投票権をより多く与えるだけで、目的に適った結果をもたらすとは言い難い。邪悪な人間にその利益実現のための権利を余計に付与することになりかねない。保護者が投票の権利を多く手にしただけで、選挙の公正さを歪める危険性さえある。

 結局、吉村知事の提案はパターナリズムの助長が目的であるとしか思えない。意思決定など子どもの人権尊重が今後より求められていく時代の流れにあって、この方式の導入は適当ではない。

  それは、父である自分が子どもの投票権をすべて頂くという吉村知事の次の発言からも明らかだろう。

「0歳から選挙権を持ってもらうべきだ。そうすると、若い世代に政治家が向くことになる。親・保護者が代理で選挙権を行使する。僕は子どもが3人だから、4票の影響力がある。少子化の問題を抜本的に解決するなら『0歳児選挙権』だと思う」。

 投票や議席配分をめぐってさまざまな方式が提案されている。日本の比例代表制が採用しているドント方式がその一例である。他にも、候補者に順位をつけて投票するシュルツ方式も近年注目されている。ただし、多くは1人1票の原則を堅持した上での提唱である。にもかかわらず、わざわざ吉村知事がこの方式を選んだ意図がその発言から透けて見える。

 「もっと次の世代のことを考えた政治をやるべき」であるなら、改善策がとられるとしても、吉村知事はドメイン投票方式ではなく、むしろ、子ども選挙に言及すべきだろう。この制度は国内でも実践例があり、その実績も認められている。

2 宇部市立小野小学校の子ども選挙
 2024年2月2日放送『おはよう日本』は2023年11月に山口県宇部市小野地区で実施された子ども選挙について詳しく伝えている。この山あいの地域で子どもたちが町の将来を真剣に考え、選挙管理委員会や教育委員会、地元の人たちの協力を得て、投票箱に1票を投じる。その際、実際の選挙で利用される公民館に投票所が設けられ、投票箱や記入台も本物で、地域の住民が立会人を務めている。

 きっかけは宇部市立小野小学校5年生の才木心春《さいき・こはる》さんが篠崎圭二宇部市長に宛てた手紙である。藤井俊成NHK記者の『子どもたちも投票に参加してもいいと思います』によると、その経緯は次の通りである。

5月、宇部市役所を訪れ、篠崎圭二市長に次のように切り出した。
「こんにちは、宇部市長様。いきなりですが、私は子どもたちも投票に参加してもいいと思います」
そして、市長に宛てた手紙を読み上げ、「18歳になったときの投票の練習になると思います。なのでぜひ宇部市から始めてみてはどうですか」と「こども選挙」の実現を要望した。
今の法律では投票できるのは18歳以上だが、子どもの立場からすると自分の考えを社会に反映できるとうれしい、そんな思いを込めたという。
篠崎市長は、専門家と相談して前向きに検討することを約束した。

 彼女がこのような思いに至った理由は2023年4月に実施された宇部市議会議員選挙の低投票率にショックを受けたからだ。それは37.51%と過去最低である。愛する故郷の将来について考え、町づくりに参加するために自分なら絶対に行くと思い、母親と相談の上、篠崎市長に子どもにも選挙に参加させて欲しいという手紙を書く。

 市もかねてより投票率の低さに頭を抱えている。特に市議会議員選挙の10代と20代の投票率は10%台である。政治や選挙への関心を若者の間で高めることが必要だと市は考えている。しかも、要望のあった小野地区の人口は約1000人で、高齢化率はおよそ60%である。少子高齢化が進み、過疎化の危機感は子どもたちの間でも強く、政治参加への意欲もそうした思いからだろう。そこで、市は、8月、子どもの権利に詳しい末冨芳《すえとみ・かおり》日本大学教授を小野小学校に招く。彼女は実施方法について児童と話し合いを進めている。

 この話を聞き、市議会の各会派から4人の現職議員が候補者として子ども選挙に参加することを決める。彼らはいずれも若者の政治参加に意欲的な姿勢の政治家である。有権者は小野小学校の全児童21人だ。校内に設置された掲示板に候補者のポスターが貼られ、選挙管理委員会は有権者に選挙公報を配布する。選挙運動の期間は1週間、即日開票である。

 ただし、『子どもたちも投票に参加してもいいと思います』によると、実施に当たり、市の教育委員会と選挙管理委員会は次のような方針を示している。

まず、狙いとして、児童たちに選挙の仕組みなどを学んでもらい選挙が地域づくりにどんな役割を果たしているのか自分自身で考えてもらうこと。
また、誰が市長や議員にふさわしい人かを選ぶわけではなく、どの候補の主張がまちづくりにふさわしいかを選ぶものであること。
こうしたこともあり「こども選挙」の候補者として協力した市議会議員の得票数は公表しなかった。

 有権者は休憩時間などに選挙について議論している。また、投票前日には全候補者と有権者との討論会も催される。それは次のように白熱している。

4人の候補者は、手作りのパネルなどを使ってそれぞれの政策をアピールした。
「病気予防のために検診を充実させます」
「小野に移り住む人を応援します」
「山や湖を生かしてまちの人に遊びに来てもらおう」
これに対して、子どもたちは政策から身の回りの疑問まで率直に質問を投げかけては、各候補の訴えに耳を傾けた。
「もし小野とか宇部市に建物を建てるという行動をするならどんな建物を建てますか」
「小野でイベントをするのならやはり自然を生かしたものをやるべきだと思いますか」

 1週間の選挙運動を経て、投票が行われる。宇部市選挙管理委員会の福永浅乃委員長が結果を有権者に報告する。「開票の結果を申し上げます。有効投票20票、無効投票1票」。投票率は100%である。

 子どもたちは、終わった後で、大人が自分たちのために一生懸命取り組んでくれたことへの感謝や選挙がどういうものであるかを知ることができたことなどその意義を語っている。また、彼らは協力した議員にはお礼のメッセージを送ってもいる。さらに、児童たちは投票率向上策の国際比較・提言を自由研究のテーマにしたり、クラスで議論したりするなど学習を発展的に進めている。

 6年生の清水海兎《かいと》さんは今の大人たちについて次のように話している。

「今の大人がちゃんと投票してくれないと、自分たちが今度大人になったときに社会がどうなっているのか。大変なことになっているのか、それともいい方向に向かっているのか分からなくなるような気がする」。

 この選挙から多くを学んだのは子どもたちだけではない。大人たちも民主主義を再確認している。参加したある議員は幅広い年齢層に訴えることの難しさと大切さを再認識する。また、心春さんの母である才木祥子は娘の姿を通じて投票に対する考え方が変わったと次のように述べている。

「私の中であの箱の中に(紙を)入れるだけが投票だと思ってたのですけど、自分たちの未来を託す1票、思いを込めて入れる1票の重さが私の今までの考えと違っていたので、そこが私としても勉強になりました」。

 さらに、立会人役を務めた村谷啓介も有権者が何たるかを再認識したと次のように語っている。

「候補者の意見をよく聞くといいますか、そういうチャンスがあったらとにかく積極的に耳を傾けるということが大人の責務と思いました。自分たちが有権者として何をしなければいけないかということを再度考える機会を与えてくれたのではないかと思います」

 これは子ども選挙の一例である。ただし、最も本格的な実践例だ。決して選挙ごっこではない。

 宇部市小野地区は少子高齢化と過疎化が進展する地域である。けれども、宇部市の将来を考えなければならない市議会議員選挙は40%にも満たない低投票率で、中でも若年層は10%台にとどまる。この現状にショックを受けた小学生が子どもにも選挙に参加させて欲しいと市長に要望、市も投票率向上には若い時からの政治への関心が不可欠として了承する。趣旨に賛同した議員が候補者役で参加、教育委員会と選挙管理員会の全面支援の下、実際と極めて近い模擬選挙が実施される。

 消滅自治体の危機を問われた吉村知事はその打開策としてドメイン投票方式を持ち出す。しかし、問題意識は共有しているけれども、宇部市の人々の反応は違う。彼らは子ども選挙を実行する。その実施に関係者は一様に満足し、さらに民主主義についての理解を深めることを続けている。他方、吉村知事の発言は多くの批判を引き起こし、彼らとその支持者との軋轢も生じている。

 ドメイン投票方式は世代間対立を前提にしている。それは相互不信が社会を覆っていることを意味する。その状況で、選出された議会や政府が政策を決定・実施しようとしても、社会から広く賛同を得ることは難しい。一方、子ども選挙は世代間協力を必要とする。実施には子どもだけでなく、大人の力も不可欠だ。将来世代のために取り組む姿勢は子どもに大人への信頼感を育む。地域の将来を考え、それを実行していくには、世代間の対立ではなく、そういった協力が要る。

 小野地区の子どもの姿勢から大人は子ども選挙を通じて民主主義が何たるかを再認識している。選挙をわかりきったことだとルーチンとして扱ってきたことを大人は反省する。彼らは子どもによって民主主義を再発見したと言える。他方、ドメイン式は大人が子どもに代わって投票する。そこに再確認の気づきはない。そもそも、その子ども選挙は地元の小学生の要望から始まっている。大人の押しつけではない。だから、投票率は100%に達している。

 もちろん、模擬とは言え、それには初めて選挙権を手にした嬉しさもあるだろう。ドメイン式を採用したからと言って、投票率が向上するとは限らない。投票資格がなかった人が1票の権利を手にしたとしよう。これは、すでに持っている人が新たに1票の権利を得ることと同じではない。確かにどちらも1票であるが、限界効用から考えると、前者の満足が後者より大きい。若年層の投票率はすでに低い。制度を導入して票数が増えたとしても、投票率が依然として低いままでは、主権者の政治参加が進展したとは言えない。

 子ども選挙に法的拘束力はない。しかし、それは政治を草の根から帰る可能性を秘めている。民主主義とは何かを再発見させるからだ。世代間に対立があっては、意思決定や政策運用において民主主義はうまく機能し得ない。協力が不可欠である。それが日本社会の直面する諸課題の改善につながるだろう。吉村知事は子どもからもっと民主主義を学ぶ方がよい。
〈了〉
参照文献
J・S・ミル、『代議制統治論』、水田洋訳、岩波文庫 、1997年

藤井俊成、「子どもたちも投票に参加してもいいと思います」、『NHK政治マガジン』、2024年2月13日配信
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/104844.html
「『0歳児に選挙権を』大阪府・吉村知事が発言 党の『マニフェストとして提案したい』 個人の持論として」、『FNNプライムオンライン』、2024年4月25日14時21分配信
https://www.fnn.jp/articles/-/690824
FLASH編集部、「『卑しい魂胆しか見えない』大阪・吉村知事『0歳児に選挙権』提案 透けてみえる『家父長男尊女卑』に猛批判」、『FLASH』、2024年4月26日1時:40分配信
https://smart-flash.jp/sociopolitics/283704/1/1/#google_vignette


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