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全国自然博物館の旅⑮和歌山県立自然博物館

関西のフィールドで自然科学を贅沢に味わいたいのであれば、ぜひ和歌山県へ行きましょう。紀伊半島の奥深く神秘的な自然環境に加え、サンゴ礁を有する生命豊かな海洋があります。さらに、大地からは恐竜の化石も見つかっています。
現代・古代、陸域・水域を問わず、和歌山県には自然の魅力がいっぱいです。紀州の地で野外で生命と触れ合うのに際して、学びと発見の自然博物館を訪れてみましょう。


海沿いの博物館にて和歌山の命を感じる

県立自然博物館が位置しているのは、海南市の海沿いです。和歌山県や大阪南部にお住まいの方は車で直行するのも手ですが、公共交通機関が充実しているので、バスでの来館もオススメです。
博物館の近くに停まるバスは、南海電鉄の和歌山市駅から出発します。大阪市内の難波駅や新今宮駅から南海線で来られます。ちなみに、JR和歌山駅からでもバスで博物館へ向かうことができます。

南海電鉄の和歌山市駅。大阪市内からは特急サザンで来るのがベターです。
和歌山市駅のバスロータリー。マリーナシティまたは海南駅へ向かう便に乗り、「琴の浦」で降車します。

和歌山バスに乗って街の海沿いを走り、バス停「琴の浦」で降ります。潮の香りに導かれながら海の方へ歩いていくと、全長10 m近いカツオクジラの骨格と共に和歌山県立自然博物館が見えてきます。

和歌山県立自然博物館は、海のすぐ側にあります。お察しの人もいるかもしれませんが、海沿いの学術施設なので、海洋生物学系の展示が充実しています。
博物館は港湾に面しており、近くには多くの船が停泊しています。
博物館入口前のカツオクジラの全身骨格。1995年に和歌山港に漂着したメスの個体です。

化石好きも、生き物好きも、水族館好きも超楽しめる博物館です。全てを吸収するつもりで、思いきり学びましょう!

全分野の展示が超充実! 底知れぬ生命の宝庫・和歌山

圧倒的な種数とボリュームの水族展示

本館の学びは水族展示から始まります。その充実度はとても高く、約500種類・総数約5000匹もの水棲生物を見ることができます。お馴染みの魚から超珍しい生き物にも出会えるので、多様な和歌山の自然を実感します。

本職の水族館にも負けないほどの大型水槽。長くて大迫力です。
個々の生き物たちの水槽も膨大な数にのぼります。それほどまでに、和歌山県の水棲生物は多様なのです。
水槽内の生物1種類ずつに、明瞭で丁寧な解説キャプションがついています。ぜひ大量の知識をゲットしましょう。

先に述べましたように、本館の展示生物数はとても多いので、誠に見ごたえ抜群です。
鮮やかなサンゴ礁を含め、和歌山県は多様で豊かな海洋環境を擁しています。もちろん、生き物たちの種類も実に様々です。

サバ、イワシ、アジの仲間が舞い踊ります。観覧後に和歌山の海の幸を食べたくなりますね(笑)。
タカクラタツ。和歌山県の海で普通に見られる中型のタツノオトシゴです。
底生魚たちの平和な光景。イネゴチ(写真中央の魚)が凛々しく見えます。

嬉しいことに、小さな水槽がたくさんあるので、可愛い魚たちが数多くいます。無垢な海の天使たちに癒されたい人には強くオススメできます。

ハコフグの幼魚。可愛いですが、毒を持っていますので、海中で遭遇しても触らないようにしてください
カエルアンコウ。可愛い見た目に反して、凄腕のハンターです。エビのような形の突起で獲物を誘引し、近づいたところを一気に呑み込んでしまいます。
ミジンベニハゼ。ペアで行動することが多く、岩の隙間などに潜んでいます。

可愛らしさで言えば、甲殻類もかなりのものです。本館では、とても膨大な種数のエビ・カニ類を展示しています。その形態はバリエーションが豊富であり、彼らの多様性にきっと驚かされるでしょう。

キタンセミエビ。名前は紀淡海峡きたんかいきょうに由来しており、和歌山県にゆかりの深いエビです。
モクズショイ(モクズセオイ)。鉤状の毛を備えており、そこに海藻やサンゴの切れ端をつけて擬態します。海中で見つけるのは難しそうですね。
泥をの穴に潜むテッポウエビ。この水槽では、自然の状態に近づけるために、採集地の泥を底に敷いています。

次に陸水域に目を向けましょう。和歌山には、たくさんの淡水環境が存在します。山の中の清流はもちろん、水田地帯の水路や溜池も生き物たちの好適な棲家となります。身近な自然の中をじっくりと観察すれば、意外な発見に出会えることを本館の展示から推し量ることができます。

淡水生物展示の地域性を見るのも、生き物好きの楽しみの1つです。魚や両生類は地方ごとに固有性があり、とても興味深いです。
東瀬戸型のドンコ。日本固有の純淡水魚です。遺伝的な研究により、地域的な個体群に分けられています。
本州と四国に分布するセトウチサンショウウオ。和歌山県では、紀ノ川以南に生息しています。やっぱりサンショウウオは可愛い!

個人的に楽しみにしていたのが、和歌山県の天然記念物と名高いオオダイガハラサンショウウオです。本館では、なんと成体と幼生の両方に会うことができます。

和歌山県の天然記念物・オオダイガハラサンショウウオ。標高の高い山地に生息しています。当然ながら、採集や販売は禁止されています。
オオダイガハラサンショウウオの幼生。美しすぎる!

本館の水棲生物の飼育展示は非常に充実しており、おそらく観覧エリア全体の半分以上を水族展示が占めています。そのため、自然博物館でありつつも「和歌山県の水族館」の1つとして観光スポット紹介されています(法律上では水族館は博物館の一種です)。釣りやダイビングを楽しむ前に、本館で和歌山の海と淡水に触れてみてはいかがでしょうか。

魚たちの治療のために「薬浴」が行われている水槽もあります。病気が発覚したとき、薬効成分の入った水の中で患者の魚を泳がせるのです。

太古も今も生命豊かな和歌山県

紀伊半島に広がる山林地帯には、とてもたくさんの生命が息づいています。哺乳類はもちろん、鳥類の種数も豊富です。熊野古道を歩いたことのある人なら、和歌山の大地の美しさをよくご存じかと思います。
観覧エリアの後半では、広大な自然環境の解説と共に、昆虫から大型脊椎動物までの様々な生物種の展示を味わえます。

河川の上流から下流まで、それぞれ異なる環境をジオラマで再現。手前のケースには、各所に棲む生き物たちの標本が展示されています。
上流域〜中流域の清流に棲む水棲昆虫の液浸標本。生息箇所についてキャプションで記述してありますので、生体を観察する際の参考にできますね。

現生動物の標本と言えば剥製です。静謐な和歌山の森には、どのような鳥や哺乳類が棲んでいるのでしょうか。紀伊の深い山林の中での生き物たちの暮らしをイメージすると、とてもワクワクします。

ツキノワグマの剥製。紀伊半島の個体群は特殊であり、冬眠しないで1年中活動しています。
ヤイロチョウ。美しい鳥ですが、和歌山県では絶滅危惧種となっています。
鳥との思い出を表現したイラストの展示。剥製と合わせて見ながら、和歌山での人と鳥の関係をイメージしてみましょう。

現地の自然環境で気になるものと言えば、もちろん昆虫の多様性です。昆虫標本の区画では、生息地ごとに虫たちを分けて展示してくれています。どんな環境で虫たちが暮らしているのかを理解できるだけでなく、採集場所の選定の指標になると思われます。

昆虫マニアが気になる虫たちの地域性。生息地ごとに分けて展示されており、どんな場所にどんな昆虫がいるのかわかりやすいです。
田畑や近くの森に棲むクツワムシ。個人的に、とてもかっこいいと思います。
こちらのコウチュウ目の仲間たちは、低い山に棲んでいます。捕獲したいと考えているハンターの方は多いのではないでしょうか。

個人的に興味深く感じたのは、菌類の観察展示です。菌類を深く学べる博物館は貴重なうえに、本館では日本国内・和歌山県内の新産種をみることができます

和歌山県新産種の菌類・イボミジクホコリ。本区画では、現物をルーペで拡大展示しています。
セミの体に生えているのはセミノハリセンボン。セミに寄生する珍しい菌類です。
顕微鏡を使って、菌類を観察できます。胞子の入った子嚢の構造も見ることが可能です。

最後の区画で待ち受けるのは、かつて和歌山の海と陸を支配した古生物たちです。和歌山県の大地からは、古生代から新生代に至るまで、様々な時代の化石が産出しています。その中には、太古の海の王者である海棲爬虫類モササウルス類、さらには恐竜までも含まれます。
まずは、区画中央の展示ケースから見ていきましょう。マニア垂涎のラインナップに目を奪われてしまいます。

化石展示ゾーン中央のケースでは、断片的な化石や小型生物の化石が展示されています。どれも学術的に重要な標本です。
和歌山県で初めて発見された恐竜化石。中型肉食恐竜の歯であると思われます。
大型肉食恐竜スピノサウルス類の歯の化石。白亜紀の和歌山県には、巨大な恐竜たちがひしめき合っていたのです。

恐竜の他にも、貴重な標本が目白押しです。特に海洋無脊椎動物に関しては種数が豊富なうえに、和歌山県民の女性が発見した日本固有の古代エビも含まれます。現代と同じように、大昔の和歌山の海も豊潤な生命の棲家だったのです。

2007年に発見されたナツミコアカザエビ。新種と判明したため、発見者の女性の名前が学名に使われています。
約1600万年前のノコギリウニの化石。一般に馴染みのない生き物なので、現生種の標本と合わせて展示することで、来館者の理解を助けています。
ゴカイが掘った巣穴の化石。生物の痕跡を知れる重要な標本です。

壁側に展示されているのは大型化石標本。お待ちかねのモササウルス類の登場です。その化石は有田川町の鳥屋城山にて発見されており、全長6 mの個体であったと推定されています。
なお、このモササウルス類は新種であることが判明し、メガプテリギウス・ワカヤマエンシス(和名ワカヤマソウリュウ)と命名されました。

白亜紀の海で無敵を誇ったモササウルス類は、日本の海も支配していたのです。陸上を巨大な恐竜が闊歩し、海洋にはドラゴンのごとく恐ろしい水棲爬虫類が悠然と泳いでいました。今も昔も、和歌山は圧巻の生物たちの楽園なのです。

和歌山県産のモササウルス類メガプテリギウスの化石産状レプリカ。白亜紀後期の和歌山県の海を泳ぎ、様々な海洋生物を食べていたことでしょう。
モササウルス類の生体復元模型。彼らは恐竜ではなく、トカゲに近い仲間の海棲爬虫類です

和歌山県立自然博物館 総合レビュー

所在地:和歌山県海南市船尾370-1

強み:飼育種数が膨大なうえに各生物の特性と魅力を学べる水族展示、古代・現代問わず自然環境の豊かさを示唆する貴重な学術標本、菌類の顕微鏡観察をはじめ来館者に理解しやすい展示の工夫

アクセス面:オススメは車です。本館の所在地は海南市ですが、和歌山市との境界付近にありますので、和歌山城などの観光地からスムーズに車でアクセスできます。もちろん、筆者のようにバスで向かっても、特に問題なく辿り着けると思います。南海電鉄の和歌山市駅からも、JR和歌山駅からもバスが出ています。和歌山市の中心部からアクセスしやすいのは、とても嬉しいところです。

水族展示がとても充実した博物館であり、海洋生物学に関心のある人に特にオススメします。飼育されている生き物は、ほぼ全て和歌山県の海や淡水に生息している水棲生物たちです。各展示水槽に全生物の要点的なキャプションが配されていますので、県内の水域環境を詳細に理解することができます。
水族展示・陸域環境の展示の両方において、和歌山の生態系の特色や絶滅危惧種の生息状況について詳しく解説されており、県内の大自然の中でどんな問題が起こっているのかを知れるきっかけとなります。化石展示に関しても古生代から新生代まで古環境の説明を交えながら、和歌山に生きていた太古の生命の秘密を教えてくれます。本館の展示を通して、古代と現代の和歌山県の自然環境を総合的に学ぶことができるのです。

生物マニアの方は本館でかなり時間をかけて観覧することが予想されるため、観光地の和歌山マリーナシティへ遊びに行く場合は、所要時間をしっかり計算したうえでスケジューリングしましょう。幸い、和歌山市内からそれほど遠くありませんので、交通手段は充実しています。時間の配分を考えておけば、本館で素晴らしい学びの一時を過ごせます。

地元の子供たちと共に作成する和歌山県自然マップ。「こんな生き物を見たよ」などの情報を地図にプロットすることで、子供たちは県内の自然環境について情報共有しています。和歌山県立自然博物館は、博物館施設の職務である教育面でも素晴らしい活動をされているのです。

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